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仮免の冒険者(女性)が勇者より勇者らしい

 冒険者になって数年、パーティを渡り歩いて個人としてのレベルもそこそこ上がった。ある依頼で王都のギルドで5指に入るパーティと組んだ。その依頼は色々あったが無事に終了して、その色々でそこそこ活躍したおかげで、とりあえずお試しとそのパーティに誘われた。正式なメンバーになるには特別な条件があるらしい。「その時が来たら教える」そう言われたら待つしかない。


 とりあえず、パーティのメンバーとしての連携を取るところからお試しは始まった。

 数ヶ月経ち、ボードからパーティに相応しい依頼票を探しだすことまで任されるようになった。依頼を受けるかどうかの最終決定はパーティのリーダーの仕事である。とはいえ、このパーティは話し合いで決めることも多かった。

 長い護衛業務から明けて、久しぶりに王都のギルドで依頼をチェックしていて不思議なものを見つけた。

 それは高位のパーティしか受けられないものだった。問題はそれにしては依頼内容が難しくなさそうで、更には報酬が見合ってない。報酬が著しく低すぎて、高位のパーティに合わないというか、そもそも誰が受けてもマイナスなんじゃないだろうか。

 依頼主は個人名で書かれてはいるが、記憶が確かならそれはギルドマスターのものだ。同姓同名の別人とも考えられるが、この変な依頼がギルドのチェックを通っていることから否定してもいいだろう。

 ギルドは基本的には仲介業である。冒険者と依頼主を繋ぐのが仕事だ。しかし、冒険者や依頼主が犯罪に巻き込まれるのを防止したり、著しく他の依頼と相場の違って混乱を生じないようにある程度のチェックはしている。それなのにこの依頼がここに貼られている。つまりは依頼主はやっぱりギルマスだ。


 これは受けなければならない依頼なんだろうか?


 冒険者にとってギルドは必需品である。受けた依頼が犯罪にあたる場合もギルドを通してあれば罪には問われない。もちろん、ギルドもチェックしているし、冒険者も自分で注意する必要がある。ギルドを通して受けた依頼が犯罪に該当しそうな場合、ギルドへの通報義務があるのだ。ギルマスの出したこれは犯罪には関係ないだろう。これだけ条件の悪い依頼だ。もしかしたら、ギルドからの要請なんだろうか。ギルドに属する限りある程度の義務は生じる。仮免でなければ、ケガなど不慮の出来事がない限り年間の依頼達成数に下限があったり………年間ってのがミソで、1ヶ月ほどで一気に依頼を受けて残りを遊んで暮らす金持ちな冒険者もいる。主に貴族な冒険者だ。実家が商家な道楽者もまれにいる。仮免でいいじゃないかと思うんだが、冒険者の肩書きにこだわるタイプだ。

 義務的な依頼達成数とは別に、ギルドからの直接の依頼……魔物の緊急討伐というのもある。一応、他の依頼に比して優先的されるものだ。しかし、冒険者には拒否権がある。冒険者の命に関わるからだ。低レベルの名ばかり冒険者が加わっても邪魔なだけで、かえって被害が増えるだけだし…。

 どの冒険者にも拒否権はあるが、一定以上の冒険者はギルドとの関係性や世間体を考慮して受けるものである。弱虫と思われたら以後、護衛の依頼は受けられなくなる。ギルドの受付窓口でやんわりと断られるのだ。


 これはそういった類いの事実上 拒否権のない依頼なんだろうか。


 依頼票を前に固まっていると、仲間が声をかけてきた。

 依頼票を指差すと微かに口元が上がった。


「これは受ける」


「こっちの割りのいいやつは?」


 護衛依頼で報酬のいいのを指すが、首を振られた。


「こっちが優先。前回はタイミング外したから、久しぶりだ」


 半年も見ていればわかる。この非常識な依頼に喜んでいる。


 その微かな笑みに気付いた仲間が集まってきた。


「おっ」

「やった」

「とりあえず、打ち上げの予約しとく?」

「この時期に帰ってきて良かったぁ」


 この割りの合わない依頼を仲間は全員喜んでいる。強制ではなくて、喜んで受けるつもりようだ。この依頼は何なんだ。


「お前もやっと試験だな」


 唖然としていたら、肩を叩かれた。訝しげに振り返ると黙って頷かれた。

 ちょっと考えてから気付いた。いずれあるハズの本試験。まだそれを通過しておらず、まだ仮のメンバーだった。つまり…これが試験?


「これに関しての準備は俺らがやるから、自分の得物の手入れとか、体調を整える方をよろしく」

「甘く見てるとケガするぜ」

「再起不能に陥った奴いたよな」


 口々に言われるが、依頼は薬草採りなど薬の材料集めだ。狩も必要だが、このメンバーなら普通は危険があるものではない。

 量が多めで報酬が通常の1/3以下ってだけだ。その値段じゃないと駆け出し冒険者の仕事を奪う可能性の方が高いだろう。それで再起不能って…?

 頭の中に疑問符が飛び回る。



 とりあえず、俺以外の全員の賛成により依頼を受けた。反対したわけじゃない。意見を聞かれなかっただけだ。


 この依頼は達成すると次の依頼が発生してとどんどん進行していくタイプのものだった。そしてそれは最終的にギルドの得になるもの。薬の材料は格安で手に入って、新人教育やらで使え、鍛錬場の整備………あれ?何でコレ2回あるの?この間、やったばっかだよな。


 明日にも予定されているのは何故だろう。確かに今日は鍛錬場を貸切りだが、午前中はみんな誰かを待っているかのごとくそわそわと入口を横目で眺めながら軽く流しているだけだ。

 みんなというのは、うちのパーティだけではない。このギルドの上位パーティが勢揃いしている。このメンバーが揃って鍛錬をしているだけで、一見の価値があるが、今日は貸切りメンバー以外立ち入り禁止になっていた。仮でも今のパーティに入っていて良かった。


 ふと、外が騒がしくなったことに気づいた。しばらくしたらギルマスや冒険者に混じって一人の女性が入ってきた。茶色というにはやや赤い髪を後ろで結んでいるらしい。それ以外はどうってこともない若い女性が鍛錬場に入っただけで、空気が変わった。


 歓喜と緊張。


 何が起きたかわからないうちにとある冒険者と彼女が対戦することになったらしい。ムチャだ。うちのパーティのリーダーより格上の相手と冒険者としては名の知らぬ女性。しかも体格から言っても一般女性と大差ないだろう。危険すぎる。

 そう思ったが、制止はしなかった。これだけの面子が集まって、誰も止めようとしないことに加え、女性もまるで慣れた風情で疑問を感じていないように思えたからだ。いざとなったら、身体を張って止める。そう決意した。その決意はいい意味で裏切られた。いや、悪い意味なのかもしれない。


 速すぎて、視覚で捉えるのがやっとで、自分では対応できるとは到底思えない。

 「負けて悔しい」って、ちょっと待て、相手は国一番の冒険者だぞ。それが、かろうじて外しているだけで、ダメージが無いわけじゃない。俺だったら掠るのもムリかもしれない。そんな相手だ。ダメージが少ないのは体重差がありすぎるせいだ。あれしか外せないなら、もう少し威力があるだけでダメージは格段に上がる。ウェイトが増したらスピードが落ちるだろうから、難しいところだが、このスピードは明らかに武器だ。

 しかも彼女自身、有効打を食らってない。こちらは見事にかわし切っている。

 完全に息のあがった彼女は鍛錬場の隅で冒険者に囲まれていた。後ろからこっそり覗いていると背中を押された。


 彼女と対戦しろって…ムリっ!


「ムリっす!死にたくない」


 久しぶりに『す』が出た。若い頃に使っていた言葉使いを冒険者として頑張るうちに直したのに、緊張すると復活する。

 そもそも、息が上がっている女性と対戦なんてあり得ないだろ。と思ったが、呼吸の整った彼女は疲れを感じさせない。

 これ、試験だからと囁かれた。結果はどうであれ本気でやらなければ、今のパーティとお別れということだろう。やるしかなかった。


 結果は散々だった。庇った左前腕を骨折した。思ってた以上に威力のある攻撃だった。これでなぜ冒険者として名が売れていないんだ。聞いたら、仮免らしい。マジか。普通にそれなりの冒険者としてやっていけるぞ。

 赤の守護者の妹で、赤の開拓者の姉って、どんな兄弟だ。3人でパーティを組めば超一流の名を欲しいままにできるハズだ。騎士団に入った兄は別として、台所用品の店の看板娘とか、農業に従事とか間違ってる。少なくとも赤の守護者は騎士団に入らなければ、国一番の冒険者になったハズというのは有名だ。開拓者の強さも有名だ。二人の燃えるような赤毛が名前の由来だ。それに比べると彼女の髪は目立たない。普通の赤毛だ。言われなきゃ兄弟とはわからない。だが、彼女も兄弟に習って『赤い疾風のマリー』と呼ばれるらしい。名前だけは聞いたことがあるが、彼女の姿を見たことはない。冒険者のトップたちの間で隠されてきたらしい。確かに今回も貸し切りで他の冒険者の立ち入りは禁じられていた。


 守られているのかと思ったが、ふと気づいた。彼女はある程度の時間バトルして疲れても休憩したら、また普通に動いてるんだけど……マジっすか?

 今、何人目と対戦だ?このメンバー誰をとっても本気出さなきゃいけないハズだ。どんな回復力だ。えっ、マジで?

 これだけの戦闘力と回復力なら普通に上位の冒険者としてやっていけるし……ってか、兄弟で魔王倒せるんじゃ……



 打ち上げという名の飲み会は彼女の母がメインで調理担当して、守護者以外の家族勢揃いって、なんで、勇者がいるの。恋人?


 有名な話だったらしい。勇者が求愛してる女性がいるの。彼女だった。


 しかしだ。勇者に対して暴言を吐いたり、ものを投げつけたりって、いいの?

 ってか、勇者は避けらんないの?

 彼女なら簡単に避けきるよね。勇者って弱いんじゃ…段々、勇者の方のダメさ加減が気になるようになってきたんだけど。


「彼女の方が勇者っぽくないっすか?」


 酔いにまかせて本音がこぼれた。


「いや、むしろ、魔王じゃね?」

「勇者足蹴にしてるしな」


 言われて振り返って見たら、酔っ払った彼女の足下に勇者が転がっていびきをかいていた。いつの間に、そんなことになったのか見逃してしまった。


「配下に守護者と開拓者」

「呼ばれたら俺も配下につくぜ」

「よしっ!俺も加えて四天王だ」

「お袋さんの食事が付くなら俺も配下になるぞ」

「俺も足蹴にされたい」

「笑顔もいいけど、あきれ果てた目で見られるのも快感だよな」

「あの棒でど突かれたい」


 酔っぱらいの話はなんだか、ヤバい方向に進んでいるみたいだ。


 あの破壊力は勇者でいい気がするよな、と整備したばかりでぼこぼこになった鍛錬場を思い出した。明日に待っている整備のことを考えると頭が痛くなりそうで、忘れるために手元の酒を一気に空けた。




 心が折れなかった俺は後日、正式にパーティのメンバーになれた。

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