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元々、冒険者には男性が多い。重い剣を振り回したり、盾を構えたり、スコップで穴を掘ったりと肉体労働が多いために、体格差でどうしてもそうなる。
もちろん、魔術師とか筋力をそう必要としない場合もあるが、山道を丸一日歩き続けるとか体力的にも自信がないと難しい。それでも、それなりには居るのだが、今日の集まりは見事に片寄っていた。
パッと見た感じでは、女性はウチの家族とギルド食堂の従業員といった感じか。身体の大きな冒険者が多い中では一人二人居ても埋もれて見えるはずもない。
「アイツ、男にモテモテだな」
ぽつりと感想を漏らすと、近くの冒険者が頷いた。
『そりゃ、やっぱり、勇者とお近づきにはなりたいわな』
「ウザいから誰か引き取ってくんないかな」
『グルメなんでしょ。面倒』
『マリーのご飯しか食べないって聞いたぜ』
『胃袋を掴んだんか』
『さすがマリー』
間違った噂が流布しているらしい。冒険者の間だけなのか、街の噂なのか、確認する必要ができた。
確かによくウチに来るが、勇者は私の作ったご飯しか食べないわけではない。母の話によると食堂の常連客の一人らしい。勇者はよく日本食の再現を試みるが、それは自らやっている。それをアレンジするのは母である。アレンジ料理は勤め先の食堂で出され、勇者はそこの常連客。
つまりは、勇者の胃袋を掴んでいるのは母と言っても過言ではないだろう。だからと言って、母は既婚であり、父とは相思相愛なので、勇者に渡すわけにはいかない。
「丈夫で長持ちだからパーティにいると便利だよ」
『それより面倒事が増えそうだし』
ちっ。バレてる。
『マリーがついて来るなら考えるよ』
「いや。商業ギルドの会計課狙いだから、冒険者になる気はない」
『ギルマスじゃなくて?』
「ウチの手伝い優先だから、会計を握る程度で」『握るんかよ』
『むしろリール商会握るんじゃね?』
親戚関係は特に隠していない。宣伝もしていないが。
「従姉居るし」
『姐さんになんかあったらの次候補だろ』
「そんなこと誰が言った?」
私は了承してないし、従兄がいるじゃないか。
『姐さんに、そん時はマリー支えてねって笑顔で言われたぜ』
従姉さん!ドライ過ぎるわ。
「従兄もいるし」
精一杯の反論をした。
『うんうん。従兄ちゃんからも言われた。転勤する前に』
親戚付き合いを見直すべきなんじゃないかと本気で思った。
確かにカスレにいる従兄は若干押しが弱い(当社比)。百戦錬磨の従業員を確実に従えるのは骨が折れるだろう。契約があるから、反乱に合うことはないけどね。それなら、私の方がダメダメだろう。父の小さな店の手伝いしかしていない町娘が商会を率いるのはムリがありすぎる。そこんとこ、叔母一家はどう考えてんだか。
ふと気付いて、店の中を見渡したが、弟妹も母も居なかった。唯一父だけが、冒険者たちと酒を酌み交わしていた。
「あれ?妹は?」
隣の人に聞くと、あっさりと返事がきた。
『赤の開拓者と一緒に帰ったよ』
赤の開拓者……叔父の畑を拡げる時に怒涛の勢いで一人で開拓してしまった赤毛の男……弟よ。妹を連れて帰るなら一声掛けていけ。そしたら、私も帰るから。
って、人身御供にする気だったんだろうな。妹を寝かす時間だ。冒険者たちに引き留められないように、私を置いていったに違いない。
大変悔しいが、妹の健康には代えられない。まだまだ子供なんだから、充分に休ませなきゃ。いくら王都が比較的安全とはいえ、夜中に女子供だけで歩いていいわけはない。母と妹には付き添いが必要だ。見るからに体格のいい弟がついていれば安全だ。
弟に良いように使われているのはわかる。わかるが、シスコンでブラコン(但し、弟に限る)な私に対抗すべき手段はない。
父は母の持ってきたお酒を真面目に消費してすっかり酔っているようだし、適当な頃合いを見て一人で帰ってしまおうかと思う。王都の夜?私一人なら特に問題はない。本気で走って追い付かれたことはないんだ。まぁ、そんなに長時間走れないけどね。ここから家に帰るくらいなら大丈夫。
『マリちゃん』
足元が不如意な酔っぱらいが近寄ってきた。
『水羊羹作るから』
はい?
『ご飯も炊けるようになるから』
その前に米を探す必要があると思う。
『結婚して』
「ヤダ」
即答。
そもそも、話の脈絡がわからん。水羊羹とご飯と結婚のつながりはなんだ。
少なくとも、私は水羊羹もご飯も必要としていない。従って、それに釣られるハズもない。
コイツ何考えてんだ?
食にこだわりのあるのは勇者だ。私は今の食事に不満はない。それを食事で引っかけるつもりとはアホなんじゃないだろうか。いや、間違いなくアホだった。知ってた。気づいてた。
だが、この告白は予想外だ。
なぜに水羊羹?羊羮じゃダメなのか。
どちらにしろ、糖分ってことは脳に栄養だな。脳筋野郎から言われたって嬉しくない。ん?
脳筋だからこそ、栄養が必要なのか。
水羊羹より、原料の砂糖の方が欲しい。活用法はいくらでもあるしな。妹のためにジャムを作ってもいいだろう。
そういえば、勇者の持ち込む材料を店に横流しはしたことないな。商売に関しては明朗会計をヨシとしてるからなぁ。冒険者の持ち込みもナシだ。現金でのやり取りしか認めてない。
隣とか裏に買い取り専門店を作るのもアリかなぁ。冒険者が持ち込む食材って、各種ギルドの買い取りと被るからその辺りのすり合わせが必要か。たまに運搬していたものが現物支給になって、どこに売ったらいいかわからない冒険者もいるだろうから需要はあるだろう。ギルドに寄るより腹減ったって冒険者もいる。
併せて食材の目利きの採用が必要か。必要量以上に持ち込まれても困るし、値段の付け方も難しいな。買い取った食材の保管はどうするかとか、クリアしなきゃいけない課題は多い。急ぐ話じゃないし、ゆっくり検討しよう。
『マリちゃん』
「ん?」
『返事は?』
「今、断ったろ!」
手元のジョッキ(木製)を投げた。いつもながら見事に勇者の頭に逆さに乗った。いつもと違うのは空じゃなかったくらいだ。
熱い飲み物が入ったままで投げつけるような分別のないことはしない。今日の中身は冷たいものだった。手元に手頃な棒もなかった。
結果として、勇者はびしょ濡れだ。
私たちのやり取りを興味津々って顔をして眺めていた冒険者たちが一瞬固まって、その後、なぜか歓声をあげた。
そして、父が一言。
『マリアンヌ。酒がもったいない』
…そこか。




