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試飲会には母と従姉と叔母も参加した。
むしろ、私が要らないと思う。全力で回避したい。だが、よくある話であろうが、母に逆らうのは得策ではない。
そんなわけで、勇者の開いた試飲会におとなしく付き合っている。場所はなぜか我が家である。勇者の家か叔母の家でいいじゃん。そうしたら理由をつけて逃げることも可能だったのに。
『マリちゃん。こんなんでいいかなぁ』
「知らん」
勇者がタンポポコーヒーの淹れ方について聞いてくるが、バッサリと切る。そもそも、自分で淹れるコーヒーはインスタントかドリップパックだった私に何を聞いているんだ。ちなみに紅茶も緑茶もティーバッグ。中食外食メインな面倒くさがりに期待する方が間違っている。唯一茶葉を量って淹れていたのはリンデンティーだけである。リンデンのティーバッグをほとんど見ることがなかったというのがその理由だ。生活圏にないのは不便である。通販を利用するという手もあったとは思うが、配達可能時間帯に帰宅できる保証がない。仕事場に個人宛のものを送ってもらうのは不本意である。で、たまの休日にまとめ買いしていた。
早く終わんないかな。今日はこれが済んだら、冒険者ギルドで遊ぶ予定にしている。死亡フラグではない。予約入れてあるだけだ。鍛錬場の使用は空いていれば当日でも可能なハズなんだけど、なぜか都合があるから早めに教えてって言われている。
母と叔母は試飲会に合わせていくつかの食べ物を用意していた。素朴な庶民のおやつから王公貴族が好む高級路線まで様々な菓子やつまみなど、抱き合わせ販売する気が濃厚に感じられる。
やや焦げ臭いタンポポコーヒーの香りが漂い始めたところで父帰宅。店は一時閉店にして駆けつけてきたらしい。
付き合いで一口飲んだ以降はいつものようにリンデンティーにした私以外は真剣にタンポポコーヒーを飲んでは食べ物との相性を考えているようだ。
『ちょっと苦いけど、冒険者とかが好みそうな味じゃない』
『甘い菓子に付き合わされている人にはいいんじゃないか。口の中が甘ったるくならない』
『珍しい味ってことでちょっとしたブームを作り出すことは可能だと思うわ』
まずまずの評価に勇者の顔がほころんだ。
『マリちゃんはどう?』
こちらを見た。
「いつものお茶がいい」
『私も口に合わないわ』
いつも通りキッパリと自分の意見を言うと、叔母も賛同した。
『確かにこれは好みが分かれるよね』
『新しいもの好きにはウケると思うから売り方の問題ね』
『売れるか売れないかと言ったらそこそこ売れると思うから、とりあえず姉さんが作り方をマスターしてウチの職人たちに伝授してもらえないかしら』
自らの好みと商売は別と常々言っている叔母も含め話が盛り上がり始めた。
仕事に戻る父と一緒に外出したので、その後の話し合いがどうなったか知らない。
ただ、母の勤める食堂でタンポポ料理祭りが行われ、好評を博したことを表向きのオーナーから報告を受けたのは3日後。冒険者は食堂でのこうした祭りが好きらしい。
しばらくして再び彼から冒険者の一部にタンポポコーヒーブームが起きたことを聞くまで、忘却の彼方にあったことは言うまでもない。




