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家の中が焦げ臭い。火事ではない。

勇者がタンポポの焙煎をしてるからだ。

自分ちでやるように何べんも言った。言ったが、ヤツは自分ちで居場所がないらしい。一人暮らしなのに不思議だ。


『うん、うん。それで?』

『雨降ってたし、とりあえず一晩泊めようと』

『それからずっと?』

『追い出しても住むとこないし、ご飯もないしで…』

焙煎しながら勇者がこぼす愚痴を聞いてるのは妹だ。勇者の声は聞き流し、妹の美声を耳に作業を続行している。


『あっ!真っ黒っ』

『ああっ』

妹が叫んで、勇者が喚いた。また失敗したらしい。見なくても匂いでわかる。見事なまでの炭化だろう。

『少し休憩しよっか』

妹の言葉が聞こえてしばらくすると二人が食堂にやってきた。


私は手を止めて顔を上げた。今日も妹は可愛い。『お姉ちゃん。お茶にしよ』


テーブルの上を片付けて、リンデンティーを2つ淹れた。

勇者は自分のカップに白湯を注いだ。


『今日はね、お友達からもらったお菓子があるよ』

妹が用意した焼き菓子はなんだか高級感漂う……王族のお友達か。

でも、どんな菓子でも妹の笑顔に勝るものなどない。幸せな気分でティータイムが過ごせる。


『マリちゃん。食べないならちょうだい』

目の前に伸びた手を叩き落とした。

「お前にやる分はない」

『ええっ。だって、湿気っちゃうよ』

「弟の分だ」

今日中なら大丈夫だろう。

勇者は焼き菓子に未練がましい視線を向けて残念とつぶやいた。


『これ、絶対コーヒーが合うと思うんだよね』

「何にでも合う白湯を飲んでるじゃないか」

『…合うけどね』

「じゃ、それでいいじゃん」

『だから、コーヒーが飲みたいんだって』

「だから、自力でコーヒーの木を探して来いって」

『だから、タンポポで作ってるし』

「焦がしてるだけじゃん」


勇者の反論を封じ込めた。


『それよりさ。勇者様は自分ちの方を何とかした方がいいと思うよ』

勇者が一瞬口ごもった隙に妹が割り込んだ。

「そうだ。自分ちでやれ。他人の家を焦げ臭くするんじゃない」

『だってさぁ。ブランちゃん。住むとこをない人を追い出せないよ』

「ん?」

話が見えない。

『勇者様の家に居候が多くなって居場所がないらしいの』

妹の助け船が出た。

「スラムの子供でも拾ったんか?」

『色々みたい』

「だからと言って居場所が無くなるのは変だろ」

『それがまるっきり契約無しでただ置いてあげてるんだって』

「馬鹿だろ?」

呆れ返って勇者を見た。

『雨の中、空腹で倒れてる相手に契約とかないでしょ』

『休んで回復したらするよね』

「するする。ってか、お前ともしとくか。明文化して既定になるのヤダったんだけど、しつこいからねぇ」

ウザいから勇者がウチに来れないような契約がいいよね。両親や弟妹の許可をどうするか考えないとな。私が拒否しても家族が入れてしまったら意味ない。そしてなぜか家族は勇者に甘い。

まさか1年も勇者の興味が続くとは予想してなかったから失敗したわ。すぐに来なくなると思って甘い対応しすぎた。


『ヤダ!マリちゃんと僕の間に契約なんてヤダ!』

勇者が慌てて騒ぎ始めた。


「よし。この先、何があろうともお前とは結婚は無しだ」


言質は取った。周囲の誰が何を言おうが、勇者が拒否ったんだから文句は言わせない。

もとよりそんな気はないが、家族からの圧力にも国からの圧力にもこれで乗り切れる。


『何で?』

「結婚とは契約だろ?」

『何で?』

「結婚は契約だ」

『結婚って愛だよね!』

『契約だよ』

勇者が愛を叫ぶが、妹が冷静にツッコミを入れた。


『…契約なの?』

『契約だよ。他人同士が一緒の家に住むんだからちゃんと契約しないとダメダメ』

『他人じゃないし』

『他人じゃん』

むしろ血のつながりがある者同士が結婚する方が問題じゃないのか。


『マリちゃんと僕は他人じゃない!』

「いんや。真っ赤かの他人」

力を込めて叫ぶ勇者に冷静に返した。


『マリちゃん。ヒドイ』

勇者はテーブルに突っ伏して泣き真似をした。


『そんなことより、現在の同居人たちとの契約が早急に必要だよ。契約書作ってあげるよ』

妹が宥めるように声を掛けた。

あれって商売する気満々だよね。契約の仲介やなんやかんやで料金請求するつもりだと思う。商機は逃さないってか、教育の成果が出ててお姉ちゃんは感動だよ。


そもそも、話をしながら焙煎してるから失敗するんだと思うんだけど、黙ってたらまたタンポポ採ってきて貰えるかな。食卓に季節感を取り入れたいから助かる。季節のものって基本的に栄養価が高いことが多いから、取り入れると自然に健康になれる…かもしれない。



『でもさ。追い出したりするのは…』

勇者がぐずぐずと決断を渋っている。

『追い出さないよ。働いてもらうだけ』

妹は手を緩めずに、自分の望む方向に誘導していこうとする。

『働いて…それならいいかも』

ってかさ。話術で子供に負けるってどんな脳筋。

私の理想は最低限"話が通じる"、つまり脳筋はソレだけでアウトだ。

だから、もう帰って欲しいんだけど、妹との打ち合わせは盛り上がってるみたいだ。

久しぶりに妹を膝に乗っけて堪能したい。でも、小さな頃と違って恥ずかしいと逃げられることが増えた。成長は嬉しいけど、同時に寂しい。


どちらにしろ。勇者邪魔。帰れ!二度と来るな!


心の中で悪態をつきながら、妹の真剣な顔をお茶を飲みながら静かに見守っていた。

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