193
勇者はこの間からずっとタンポポの根っこを眺めている。
見つめるだけなら自分ちでやって欲しい。
勇者はため息を吐くと顔を上げた。
『マリちゃん。これ、どうやったらコーヒーになると思う?』
「知らん」
『久しぶりにコーヒー飲みたいよね。マリちゃんもそう思うでしょ』
「思わん」
『カフェオレもいいよね。山羊乳じゃなくて牛乳たっぷり入れてさ』
「飲みたきゃ勝手に飲め」
これって会話じゃないだろ。何を言っても聞いてないじゃないか。そもそも私はリンデンティーが好きなんで、コーヒーに特に愛着はない。
『これ、どうやったらコーヒーになるかなぁ』
また、ため息を吐く勇者。
超ウザい。
「とりあえず焙煎してみりゃいいだろ」
投げやりに返した。どうせ聞いてない。
『焙煎?焙煎ってどうやるの?コーヒーになる?』
すかさず返事があった。コイツの耳は聞きたいことだけ聞ける能力があるらしい。コーヒーにつながる可能性のある言葉に脳が反応したのか。
「焙煎は焙煎だろ。タンポポはコーヒーにはならん」
『なるんだよ。そう聞いたもん』
タンポポコーヒーにはなるかもしれないが、コーヒーにはならんと思う。似て非なるものだろう。
『で、焙煎って何?』
「焙って煎る」
『銀杏とはやり方違うのかな?』
「知らん。銀杏なんて調理したことないわ」
『大学の校内のイチョウ並木で拾って、飲み会のツマミにしたんだよ。友達が』
友達がね。
勢い込んで言うわりに、相変わらずの安定の低レベルを保ってるな。あれって下処理が必要だろ。そのくらいは知ってる。そこをやるところが学生が学生たる所以か。私が学生の頃は実験だのレポートだので時間がなかったが、暇な学生も居るもんだ。私が忙しかったのは、同じ授業料なら受けなきゃ損と授業とりまくったのが原因かもしれないが。
『このまま焙ればいいかなぁ』
勇者が長いままの根っこの太い方を持って考え事を始めた。
「まず刻め」
『やっぱり刻んでから焙煎した方がいいか』
「焙煎したら抽出するんだろ。その長いままだと効率悪いぞ」
『そうか、そうだよね。コーヒーも淹れる時には挽いてあるし』
そもそもタンポポコーヒーの淹れ方も知らんが。薬草を煎じるみたいな感じなんだろうか。まぁ、どうでもいい。
『焙煎する時は銀杏サイズに切ればいいよね』
「知るか」
銀杏にこだわる理由がわからんわ。
『いろいろ試すと根っこ足りないかも』
「あぁ、魔物の出る空き地に群生してるハズだよ。取ってきて、葉っぱ」
『葉っぱは苦いじゃん』
「あの苦みがいいんじゃん」
とにかく、採ってきて貰えればいい。あそこは誰も採取に行かない穴場だ。ちょっと雑魚な魔物が出るだけで、採り放題になる。
『この間の苦かったし』
「ウチのご飯をムリに食べなくていいじゃん」
『ええ~っ。だってマリちゃんの手料理食べたい』
「四の五の言わずにタンポポの葉っぱ採って来い」
夕飯の献立を決めるのに必要だ。
『とりあえず、この間と同じくらいでいい?』
「あれの3倍」
『了解』
勇者はテーブルの上のタンポポの根っこを○次元ポケットに入れると走り去った。
さてと、今日は春野菜のスープでいいよね。
その前に、たまには鍋磨きするか。鍋底に煤が付きすぎると熱伝導率が落ちるからなぁ。
勇者、お前の分の夕飯は無いから、戻って来なくていいぞ。




