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天気がいいのでシーツを洗濯した。水を汲んだたらいで足踏み洗いだ。家族全員分となると1日仕事になる。毎日は交換しない。洗濯にも乾かすのにも時間かかるし、予備を充分に確保している家は少ない。王候貴族ではないのだ。
ウチはそれなりに収入があるので実のところ在庫は隣の家(私の倉庫)にはある。だから、毎日とは言わないまでも汚れたら交換して天気のいい日にまとめ洗濯になる。ちなみにシーツの色は生成りで真っ白ではない。漂白しない麻布だから、汚れも目立ちにくい。洗濯機なんてないし、洗剤も漂白剤ももちろん柔軟剤もない。汚れがひどくなければ、水洗いが原則だ。
「ケン化は危ないよな」
『マリちゃん、今度は誰と喧嘩するの?』
独り言に返事があった。
「人聞きの悪い。私は兄妹喧嘩くらいしかしたことがない」
振り返りもしない。相手が誰だかはわかる。
『えっ……この間、国を相手に…』
「知らん。しかも喧嘩じゃなくてケン化」
『…ケンカだよね』
「石鹸作る反応のこと」
『石鹸化かぁ。そう言ってくれれば』
「最初っから、化学反応しか考えてないわ」
『石鹸作るの?』
「作らん。うちの設備でアルカリ溶液使う気にはなれない」
『ええ~っ、酸の方が怖くない?』
「アルカリの方が嫌い」
シーツを絞りながら、頭の中で脱水用のローラーを作る計画を立ててみる。汚れ落ちよりもこっちが問題だ。
筋トレにしても面倒くさい。それとも棒で叩いて洗濯して、その棒で伸して水を絞るかな。
どこまでが無難な線かよく考えないといけない。家事革命を起こす気はない。
『マリちゃんってさ』
「ん?」
『何があっても変わんないよね』
勇者はのんびりと言った。
空ではヒバリも鳴いていて、春の風が爽やかに吹いている。干したシーツが風にはためいて、早く乾きそうだ。
「当たり前じゃん。何かあったからって小人さんが洗濯してくれるわけじゃなし、ご飯作ってくれるわけじゃなし」
『…うん』
「むしろ小人さんが家事をやってくれるなら遊んで暮らすわ」
『遊ぶってどんな?』
「…妹と買い物するとか…」
兄じゃないからストーカー紛いのことはしないが、できれば一緒にいたいしなぁ。成長を見逃すことがあったらショックだ。
『それは…さすがにできない』
あからさまにがっかりした口調に振り返った。
「何がしたい?」
思わずちょっとだけ低音になった。
『デート』
「誰と誰が」
『マリちゃんと僕』
「興味ない」
きっぱり。
『返事はもらってないし、忘れてるかもしれないけど、一応コクったし』
「お断りします」
よし、返事した。
『市場でお買い物しながら食べ歩きってどう?』
相変わらず都合の悪いことは聞かないらしい。
『別に買った食材で何か作って欲しいとか言わないから……マリちゃんのご飯好きだけどね』
「豆のスープか」
『いや、それは…』
「好きになるって言ってたけど、未だに苦手じゃん」
『だって、豆の味がするし』
「豆のスープだから当然だろ。豆のスープがトウモロコシの味だったら奇妙じゃないか」
『ってか、コーンスープなら飲みたい』
「それならいい方法があるよ。お前が新大陸を発見すればいいんだよ。さぁ、大航海へ行ってこい」
『ヤダ』
「なんで?食べたい色んな食材が手に入る可能性があるぞ」
『それって何年かかるんだよ。浮気するつもりでしょ』
「浮気の前に本気になってない」
何を言ってるんだと睨みつけた。付き合ってもいないのに浮気も何も無いわ。
『マリちゃん、ヒドいっ!』
勇者は泣きながら走り去った。
結局、いつものパターンになったのを確認しつつ、つぶいた。
「ウザい。二度と来るな」




