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結局のところ先祖が勇者とか考えても仕方ない。先祖は選べない。諦めて忘れよう。


『マリちゃん。ご飯食べたい。お米~っ』

また始まった。勇者が3日に一度は発病する『お米食べたい病』。そんなに米が恋しいか。


「米なんて食べなくても生きていけるだろ」

『ムリっ!』

勇者、即答。力を込めて。

『お米食べないと力が出ないっしょ』

勇者、力説。握りしめた拳に一種の強迫観念を感じる。

「アン○ンマンかっ!カビが生えるとへにゃへにゃになるんかっ」

『日本人ならパンじゃなくてご飯!当然だよ』

…わかった。

「つまりは私は前世も現世も日本人じゃないんだな。つまりはお前とは無縁だ」

ビシッと決めると勇者がテーブルに置いたカップに手をぶつけて、ひっくり返した。まだそこそこの温度を保っていた白湯がテーブルの表面に広がり、端から勇者の膝にこぼれ落ちた。

『ぅわっちっ!』


勇者が慌てて立ち上がった。

鍋に汲んでおいた水を勇者の足に目掛けてぶちまけた。さらにひしゃくで水瓶からの水を追加した。


『冷たっ』

「火傷するよりマシだろ」

『うん、でも、すぐに治るんだよ』

ちっ。チートめ。


「床は濡れるし、水は減るし」

食堂の床は土間だけどな。まぁ、だから濡れると微妙なんだ。

私の声に床の状態を見た勇者は何か唱えると地面…じゃない土間がさっと乾いた。

「あのさ、もしかしたら魔法でお湯を被らなくできたんじゃん?」

ふと、気づいた。水を蒸発させたことあったよね。

勇者がはっとしたように顔を上げ、口を半分開いたまましばらく沈黙した。


『あ…ええと…水汲んで来るね』

なんだかはぐらかすように、勇者は水桶を抱えて出ていった。あれはわざとじゃなくて、言われて気づいた感じ。よく考えてみなくても、勇者が魔法を使うようになったのは、こちらに召喚されてからで、とっさには出にくいものなのかもしれない。カップを投げてもいつも魔法でカバーすることもなかったしな。

反射的に行動が起こせるまでにはそれなりの訓練が必要だ。勇者を観察した限りにおいて、殺気を感じれば何らかの防御ができると思われる。しかし、事故となると難しいかもしれない。それに私と居るときには向こうの世界の意識が強いだろうから、魔法は出にくい可能性が高い。難儀やな。


で、なんであんなに動揺したんだろうか。



『マリちゃん』

井戸と台所を往復して水瓶をいっぱいにした勇者が、食堂の椅子に座って真剣な目をした。

「ん?」

『僕はもうマリちゃんが日本人だからって好きなわけじゃないんだよ』

「………」

いや、日本人じゃないし


『マリちゃんがマリちゃんだから好きなんだ』

「はぁ~?」

ちょっと待て。何言ったコイツ。なんか今とんでも発言しなかったか。コイツの発言など無視しても構わないが、今回のはなんだかヤバい気がする。

耳から入ったが、大脳で処理されずにすり抜けた言葉をもう一度呼び出してみる。



理解できない。

いや、言葉そのものはなんとか解読できた。

内容を理解することを脳が拒否する。


「誰が、誰を、なんだって?」

『僕が』

「お前が」

『マリちゃんを』

「私を」

『好きだ』

「はぁ?」

これまでの付き合いで好かれるようなことしたんだろうか。

罵声を浴びせる。カップを投げつける。殴る。蹴る。踏みつける。食材を買わせる。カモにする。………………


Mなのか。



「なんで?」

Mならば、対処を間違ったな。


『優しいし』

どこが?

『話聞いてくれるし』

勝手にしゃべっていただけだよな。

『勇者だからって特別扱いしないし』

特別邪険にした覚えならある。


勇者は首筋まで真っ赤にして俯きながら、私を好きになった理由を挙げる。

全部、勘違いだと思う。

どうしてそこまでポジティブに解釈できたんだろう。



『だから、他に日本人が見つかってもマリちゃんの代わりにはならないし、マリちゃんが日本人じゃなくても、マリちゃんが日本食を作れなくても関係ないんだよ』


少なくとも、Mである自覚はないらしい。


『もちろん、マリちゃんのご先祖様が誰でも関係ない』

勇者は顔を上げて、まっすぐ私の目を見て宣言した。


いや、その話は既に私の中ではなかったことになっている。


とりあえず…


「明日の朝食はハムエッグにしようかな」

『わかった。卵とハムを買ってくるね』

勇者は力強く頷いて、出て行った。


処理しきれない様々な情報が頭の中でぐるぐるとダンスをしている。

今晩のスープの材料は残り野菜で作るつもりだったから、頭が働いていなくても何とかなる。


うーん。


とりあえず、勇者。


二度と来るな。


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