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《夕焼けの勇者》は食い意地のはってるヤツの3代前だった。会ったことはない。私が生まれる遥か昔に亡くなっている。私から見て何代前か数えるのもめんどくさい。

血族婚をしたわけではなさそうなのに、まだ勇者じみた力を持った脳筋戦闘狂が現れるとは…むしろ呪いみたいなもんじゃん。そんな血統守る必要あんの?少なくとも、私は子孫を残さないようにしよう。心密かに決意した。



『マリちゃん。お腹すいた』


勇者は今日も来ていた。

父の衝撃の告白から3日。何だかんだ言って勇者の態度は変わらない。

相変わらず、ひとのウチで食事をして、この世界の食事についての愚痴をこぼしている。


従姉が買い付けてきたものは芽が出るか出ないかだろうから多分まだ何だかわからない。農業は詳しくない。叔父や弟に任せるのが一番だ。専門外はどうにもならない。ってか、前世も含めて、詳しい分野は極めて狭い。

ネット環境を繋がったまま持って行けるなら別だが、一人の人間の知識など大したことはない。あの日本で平々凡々に生きていたなら尚更だ。明日の心配をしなくても、普通に仕事していればそこそこの生活はできた。


農業に関する知識は窒素固定菌などの高校で学ぶ程度に毛の生えたものしかない。あとはたまたまバイトの関係で連作障害を知っているくらいか。メンデルの法則ならわかるが、使う機会があるかどうかはわからない。エンドウ豆の皮にシワがあることと味や収穫量が関係するなら使い道があるかもしれない。所詮は商売として役に立つかどうかだ。品種改良の知識も無いが、雌しべが受粉したら種子ができることだけはわかる。だから、常染色体上の優性劣性の明らかなものをほどほどの確率で作ることは可能だとは思う。要するに面倒くさいことはやりたくない。



この世界の科学の発展に寄与する気はない。

私の望みは平凡な人生だ。戦闘狂な兄も勇者な先祖も勇者な恋人も、まして勇者な伴侶なんて要らん。

弟と妹は可愛いから欠かせない。ああ、弟の好きな肉を仕入れとかなきゃいけないな。そろそろ干し肉が無くなる。市場に買い出しに行くか、いっそのことウサギ狩りでもするか。いや、勇者に買わせるのが一番かな。

ついでにイチゴ。妹にビタミンCだな。冬が終わったから少しでも栄養があるものを食べさせないと。日本と違って困るのはそこだ。季節によって手に入る食材が限定される。栄養のバランスを考えると特に冬が大変だ。


ん?トイレ?

水洗なんて無いがそれがどうした。肥料として活用するためには流したらまずいだろう。


風呂?

何だかんだ言って水は貴重だから、川で泳ぐか、濡らした布で拭くかだが、そこそこ清潔なら問題ない。


23年もここで生活してるのに問題があろうハズもない。生まれた時からこんなもんだ。何一つ変わってない。病気が出た時だけ配慮すれば、大きな問題はないはずだ。多少の菌なら普段から慣れといた方が病気になりにくいという話もあるしな。


前世の私も神経質な方ではなかった。と思う。はっきりとはわからない。前世の記憶は、なんか記録を読むように現実感のないものが多い。

もしかしたら、転生ではなくて異世界の日本で亡くなった他人の記憶にアクセスできるだけなのかもしれない。『拾って下さい』と書かれた段ボールに入った誰かの記憶とついうっかり目が合ってしまったとか。

いや、拾わないな。むしろ、その辺に捨てるな。最後まで責任を持て。


それに悲しいことに間違いなく私の記憶だ。感情と一緒に記憶されたものがある。ただ、今の私と違うので、現実感に欠けるだけだ。薄い紙の上から触っているかのような感じ。

オブラートか。あれなら作れそうだ。売れるか。でも、煎じる薬には意味がない。苦い粉薬か丸薬なら…丸薬なら糖衣錠にした方がいいんじゃん。あ、砂糖が高価すぎる。結局は金か。金なんだな。それが真理か。


『マリちゃん。戻ってきて~っ。お腹空いたよぉ』

さっきっから勇者うるさい。


「今日はオートミールならできるぞ。朝の分が少し残ってる」

寝坊した弟が食べずに出勤して行ったからな。二度寝なんてするからだ。朝食より寝癖のついた髪を直すのを優先するとは色気付いたもんだ。


『オートミール?』

勇者の顔がひきつった。


「山羊乳もあるから温めればすぐに食べられる」


勇者は無言で首を横に振った。なぜか血の気の引いたような青白い顔をしている。


勇者が食べないんなら、私のお昼ご飯にするしかない。普段ほとんど食べない昼にお腹いっぱいにすると夕飯を作る気が失せそうだ。だが、煮てしまったからには食べるしかない。


オートミールに山羊乳を加えてちょっと温めて皿に盛った。自分用なので、特に調味料は入れない。調味料って言っても普段使うのは少量の塩か逆に蜂蜜で甘くする。どっちでも弟は食べる。味付けしなくても食べるのは家族の中でも私だけだ。変に味付けするくらいなら、しない方がマシだ。濃くついた味は戻らない。調味料がもったいない。


勇者が私の口元をじっと見ていた。

「腹減ってんなら我慢しないで食べればいいじゃん」


『やだ。オートミールとシモツカレは食べない』

…シモツカレ。栃木のアレか?地元民には愛着がある代物らしいぞ。作らないし、作れないし、食べないけど。酒粕が苦手なんだ。見た目もあれだが……ああ、オートミールに似てるかも。

ん?そんな見た目の料理をしてれば、勇者が目の前から居なくなるかもしれない。いいことに気づいたと思ったが、余り野菜のスープにも似てるよな。普通に作っていた。つまりはコイツがわがままってことだな。


「これから毎日オートミール」

『マジで?』

「小麦よりオーツ麦の方が安いもん」

『小麦粉ならいくらでも買って来る。ついでに干し肉とハムと果物も買ってくる』

勇者は焦った顔で飛び出して行った。


最近、読まれている気がする。タカりすぎたか。

あれ?勇者にタカる生活って平凡だっけ?

まぁ、いっか。

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