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『マリちゃん、マリちゃん』
鳥頭なわりにウチの場所は覚えてるんだな。昨日、二度と来るなって言ったら泣いて帰ったハズなのに、今朝になったらケロッとして来るじゃないか。コイツの頭はどうなってるんだ。都合の悪いことだけ、毎日消去されるのか。
『昔流行った〈究極の選択〉って知ってる?』
「知らん」
キッパリ。そんなもんが流行るのは理解できん。
『選べないような選択肢をどっちか選ぶ遊びだよ』
「そんなもん、王都では流行らない」
『日本で!』
勇者はじれたように言った。話が進まなくてイライラするんだろうが、進ませる気はない。
「わかった。お前の日本と私の日本は違う。以上!」
気づいてないかもしれないが、実は私は勇者、お前とはかかわり合いたくないのだよ。
『でね。マリちゃんへ思いついた選択肢が…』
コイツ無視したな。
『魔王がブランちゃんを攫ってね。それで、ブランちゃんの命と他の人間全員の命をどっちを取るか…』
「魔王ぶっ殺す」
勇者の言葉を遮って即答。妹に手を出したヤツを生かしておく必要はない。
『じゃなくて、ブランちゃんか他の全ての人間かっていう選択…』
「魔王八つ裂き」
『それシャレになんないから』
「選択肢そのものがシャレになんないから」
『あ、そうか』
「魔王のいる世界で魔王を倒した勇者が遊びで言う選択肢じゃない。と言うわけで、お前が八つ裂きでいいよね」
台所からナイフを持ち出した。
『ま、マリちゃん?』
勇者がひきつった顔でこちらを見た。
それを無視して、おもむろにキャベツをざっくりと切り分けた。
『え…』
「夕飯の支度だが?」
今日はキャベツのスープだ。保存しといたキャベツを使いきる。そろそろ、春の野菜が出回り始める時期だ。痛み始めた食料は使いきるに限る。今年は狭間をもやしで乗りきれる。一部屋がもやし臭いけどね。ああ、そうだ。従姉か叔父に適当に豆を貰うかな。そろそろ豆の在庫が…小豆でもイケるよな。あれが余るようなら考えよう。
「勇者に究極の選択」
ふと思い付いた。
『何?何?』
なぜ、ワクワクと期待に満ちた顔を見せるんだ。チラ見の後で、調理をしながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「友達は居るが日本食の無くなった元の世界に帰るか、友達は居ないが日本食としてカレーライスだけがある世界に転移する。の、どちらを選ぶ?」
静かになったので、手を止めて勇者を見ると固まっていた。
『……カレーライス?』
友達選べよ!
友達のほとんど居ない私もさすがにそう思った。
『友達は新しい世界で作ることができるけど、カレーライスは簡単には作れないよ』
「お前この世界に友達居たっけ?」
『…エリック?』
私の弟じゃないか。
「この世界に来てから2年も友達ができなかったんだろ?」
『魔王討伐の旅に出てたからだもん』
そこで友情を育まないで、食べ物のことばかり考えていたんだよな。
鍋に大量のキャベツを入れて煮込み始めた。
『…マジキツい究極の選択だった』
いや、普通は友達選ばないか。やっぱり食欲だけなのか。
『マリちゃんは、ブランちゃんを選んで他の人を見捨てるかと思ったんだけど外れた』
お前、私のことをどう思ってるんだ。
「妹と二人だけの世界じゃ、すぐに生活が行き詰まるじゃないか」
『えっ?』
「食料だの武器だの道具だの、私に作れないものがいっぱいだ。鍋の修理一つとっても私にはムリだ」
『そっち?』
「他にどんな理由が?あ、エリックかな。弟も大切だね」
『…世界平和とか』
首を傾げた。意味わからん。それは私がやることじゃないだろ。
「世界平和より妹でしょ、当然」
『ブランちゃんの為なら魔王も倒す気なの?ってか、倒せないよね?ね?だから僕が喚ばれたんだよね?』
勇者が途中からパニッくったように早口になった。
『倒せるかもしれん』
突然、父の声が乱入した。
父よ、お店はどうした。まだ閉店時間前だよね。
『《カレーではない何か》の在庫が切れたので取りに来ただけだ』
私の視線に気づいた父が慌てたように用件を言った。そう言えば、最近お店に顔だしてないわ。ヤバい。
『騎士団のヤツがまとめ買いしに来たんだよ』
ああ、10倍くんか。ほぼ 中毒だもんね。私の在庫管理の問題じゃなきゃいいや。
『…倒せるって』
勇者が父に向き直って問いただした。
『魔王。我が一族の総力を結集すれば、魔王の一人や二人…』
『でも、魔王ですよ』
『でも、勇者の末裔だし』
「誰が?」
『ウチの祖先に勇者居るぞ』
『僕が?』
コイツ本当にバカだろ。ってか、不穏な言葉を父がこぼさなかっただろうか。
『マリアンヌに言ってなかったか?何代か前の勇者が祖先だ』
「聞いてないよ!」
父の爆弾発言にさすがの私も固まった。




