186
従姉が出かけたのが、晩秋で帰ってきた今が早春。往復で国内にいた期間を考えると国外にいたのはほぼ冬なんだよね。
だからだと思うんだけど、土産と称するものは穀物と豆ばかり。どちらにしろ生野菜は運搬中に腐るから、野菜は加工品しか運べないんだよ。長い船旅でビタミン不足から病気になるのもそのせいだしな。
野菜の種とか持って来られてもサッパリだし、ってか、種もあるんかい。まずはテキトーに巻いてよ。種から花が察しが付くのヒマワリくらいだから。カボチャもわかるな。
種もわからないが、穀物もサッパリだ。粟だの稗だの黍だのアマラン……何だっけ……生えてる状態でも、採取された状態でもわからない。穀物でわかるのは米と麦とトウモロコシくらい。で、これをどうしろと。
「穀物は粉にしてパンにでもしてみたらいいんじゃん。パンが固いようだったら、薄く伸ばして焼けば?」
実にテキトー。だって、わからんもん。パンって言っても色んな穀物で作られてるし、チャパティとかナンとか薄く焼くパンもいっぱいあるだろ。リース商会の抱える料理人とかウチの母とか料理の得意な人が考えるべきだよ。
どうせ、勇者もキビダンゴとか粟ぜんざいとかを常食してたハズもないし、思い入れのある食べ物なんてないよ、きっと。
で、
「豆は茹でてみて決めたら?小豆とか言う勇者が気に入った豆は、勇者の希望に添って調理したら弟から大ブーイングだったから」
『そう、それ!どう調理したの?エリックがウチに押しかけてきてまで文句言ってたの』
そこまで不評だったんだ。冒険しなきゃ良かったのに………ムリに止めようとするとかえってムキになるからって思ったけど、悪かったかな。失敗から学んでくれ、弟よ。
「砂糖で味付けした甘いスープかな?」
他に言いようがない。最終的には甘苦いスープになったが。
『はぁ?なにそれこわい』
「勇者の国ではあの豆の一般的な調理法らしいよ」
私が知る限りヨーロッパではほとんど受け入れられてなかったけどね。そういう意味では、弟の反応は想定内だった。想定内だが、やっぱり自分の中でアリだと思ったのは、前世に引きずられたか。作る気は無かったが、別にあんこや汁粉を食べることには何の躊躇もない。誰かがおいしく作ってくれるなら間違いなく食べる。むしろ、粟ぜんざいとかたまに食べるには好きだった記憶がある。常食にはしないな。
わざわざ再現するほどではないがあったら食べるものは、勇者が騒いでる食べ物の中にもいくつかある。あるが、食材探しに奔走するとか、労力をかけるほどではない。しかも、再現する能力もない。惣菜売り場に並んでたら買うかもってだけ。
今の食生活で満足しているんだ。って、なぜ、勇者には通じないんだろう。元々1ヶ月くらい米を食べないでも気づかない生活だったのに、元日本人だったってだけで、米ミソ醤油が好きでしょうって決めつけられたらマジ迷惑。
勇者に何遍も言う通り、私は王都生まれの王都育ち。だから22年(離乳食終了後)もこの食事してるのに、今更日本食に戻る意味がわからん。
ああ、勇者の思い込みが嫌いだ。
『勇者ブランドで色々売りだそうって思ったけど、勇者様の味覚に問題ある気がしてきた』
従姉ががっくりきてる。
いや、それは文化の違い。でも、まぁ、勇者ブランドを手に入れる為に私を人身御供にされちゃ困るから、黙っておこう。
結局さぁ、勇者と出会ったのが失敗か。忘れたい過去第1位だな。さすがの私も日参してくるのを忘れるのは難しい。
勇者ウザい。
『マリちゃぁん。こんちは』
脳天気な声が聞こえた。
『あ、コレって食べ物?何ができるの?楽しみだな』
テーブルに乗った食材を覗き込んでいる。
「帰れっ!二度と来るな!」
『来たばっかで何もしてないよっ』
「うるさい!お前の存在自体が悪い!帰れっ」
『マリちゃん、ヒドいっ!』
勇者は泣きながら帰っていった。
しかし、その途中で
『試食会には呼んでね』って従姉に囁いて言ったのを聞き逃してはいない。
あの野郎、ずいぶん慣れたな。
くそっ!
マジに二度と来なくなるくらいの何かが知りたい。




