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小豆が甘苦かった事件から3日、勇者は来ていない。今頃、妖怪小豆洗いになってるんじゃないかと思う。一応、あく抜きの方法を聞かれたので茹でこぼすとか、水に晒すとか教えた。
勇者が持ってきた砂糖が余ってたから、それを使って何を作ろうか考えているところだ。やっぱりルバーブのジャムが第1候補である。妹が一番。
春になったらイチゴも出回るからイチゴジャムもアリかな。ってどのジャムが妹にウケるか考えていた。自分は甘ったるいジャムが嫌いで、前世では苦めをウリにしていたマーマレードをわざわざ買ったりもしていた。結局、すぐに飽きてしまってそんなに食べなかった。現世は砂糖が高すぎてジャムは滅多に作れない。
ジャムを作るのも面倒くさいから、砂糖が安くても困る。母が作ったルバーブジャムに妹が笑顔を見せたりしなかったら、一生作ることも無かったのかもしれない。
ジャムでもコンフィチュールでもいいから市販されてたら楽なんだけど、出来合いだと高いよな。妹の好みの味になるとも限らないし、余計に微妙。私好みの味にはならないだろう。
いっそのこと、リース商会に製造販売させるって手も…あ、でも、販売するなら壺ってわけにもいかないだろうし、考えるの面倒だから無かったことに。
普通に生活できてればいいだけなんだから、生活水準を上げようとか周囲に働きかけすぎるとよくない。それでなくても、この間目立ちすぎた感がある。
宰相とか王家は頭悪くなさそうだから問題ないが貴族の中にはバカがいるかもしれん。いや、バカが何人か失脚したのも知ってる。でも、バカって1人見かけると30人はいるって言うからなぁ。利用しようなどと考えるヤツに絡まれるのは面倒だ。
他人を利用するのは好きだが、利用されるのは大キライだ。わがままで何が悪い。
今日は妹の友達が遊びに来ている。来始めに護衛の者から『勇者と同じ待遇を』と言われたので、白湯を出している。その護衛のヤツは何か言いたげだったが、その日ちょうどやってきた勇者が自分でカップを取り出して白湯を飲みだしたら沈黙した。実は勇者より若干いい待遇にしているんだが、多分気づいてないよな。私だって不敬罪に問われたくないし。何より、その騒ぎが起きることが面倒くさい。
妹は学校から帰って来たら、ハーブティー(庭のミントを摘んで乾燥させたものを使用)を出しているらしい。
『お姉さま』
王族から様付けされる覚えはない。
『なぜ、勇者様は私ではいけなかったのでしょうか』
「ってかさぁ、なんであなただったの?」
もう、言葉使いとかテキトー。一応、勇者相手じゃないからお前とまでは言わない。
『適齢期でそこそこ美人だったからですわ』
「…適齢期ねぇ」
『はい』
「勇者の住んでた世界の結婚年齢知ってる?」
『知りませんわ。でも、若くて美人なら魅力的と感じるハズですわ』
「…あのさ、勇者の世界では成人は20歳だって知ってた?」
『20歳ですか…』
「女性は無理すれば一応16歳から結婚できるけど、勇者の年齢でそういう相手と結婚するのは稀。もちろん、色んな人がいるから一概には言えない。少なくとも、勇者は成人した女性しかそういう対象として見てないと思うよ」
『私では若すぎると?』
王女のつぶやきに頷いて応えた。
「小さな子供が可愛いって感じかな。もしくは、年の離れた妹」
『…妹』
それも年の離れた小さな妹。同年代かロリコン以外は対象外判定されると思う。勇者はそういう相手として王女が一行にいたことすら気づいてないんじゃないかな。魔王討伐の頃なんてさらに子供だったわけで、小さい子が頑張って回復担当してて可愛いってくらいしか……いや、食べ物のことしか考えてなかったに違いない。
「うん。対象が決まってるなら一般論じゃなくて、ちゃんとリサーチしなきゃ」
しかも、その一般論がこっちの常識だったらもっとダメだ。
『お姉さまはいくつでしたかしら』
「23」
『勇者様のちょうど好みの年齢ってことですか』
「不幸なことに、ドンピシャ」ため息をつくと王女は微かに笑った。
『お姉さまは勇者様に辛辣ですわね』
「勇者に勇者の好みがあるように、私には私の好みがあるんだもん」
『つまり、勇者様は好みでないと』
「うん♪」
笑顔で思いっきり頷いた。
『マリちゃん、ヒドい!』
視界の隅に泣き顔が見えたと思ったら、足音と共に消えた。
『あの…勇者様?』
遠ざかる足音の方を見つめながら、王女が呆然としていた。
「ね、ウザいでしょ」
だから、勇者二度と来なくていいぞ。




