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一晩湯冷ましに浸けた小豆を煮て、砂糖を加えて…味見は勇者の役割。さっきからふつふつと沸く鍋を見ていたらなんだか、イヤな予感がしてる。甘味系は苦手だ。油断するとすぐに焦げるしな。


砂糖の分量もわからん。この砂糖をがめといて、蜂蜜で作ったら良かったんじゃないかと気づいた。ただそうなると砂糖の分量はわからずじまいだ。蜂蜜の匂いも出る。砂糖って甘味以外の味が少ないのもいいんだよね。前の世界の上白糖と違って不純物が多いから、単純な味ではないけど。

頭に栄養ならショ糖より脳関門を抜けられるグルコースそのものの摂取の方が分解がない分早いんじゃないかと思うけど、味が微妙になるし、そこまでやる技術が今の世界にはない。そうだよな。なんで机にチョコをしまっといたんだろう。グルコース売ってたじゃん。って、味か。いくら私でも、できればおいしい方が…。


『ねぇ、マリちゃん。まだ?』

『姉貴。何作ってんの?』

そう。今日はなぜか弟が休みだ。あれだけ休みまくったのに、まだ休みをくれるとは叔父も甘いな。

「勇者の国の食べ物らしいよ」

『なんか不思議な匂いしない?』

「うん、する。それより、仕事行かなくていいの?」

『今日は農園に宰相閣下が視察に来るらしいんだ。で、休めって』

「色々あったから仕方ないね」

『だろ?』

『マリちゃん…』

「向こうだってイヤな思い出だろうしね」

『久しぶりに兄貴と思いっ切りバトれたからスッキリしたよ』

「わかった。たまには近くに呼ぶね」

『近くって会う気はないんだ』

「しばらく会わんでいい」

5年ぶりにカスレで会ったんだから、次は早くて5年後でいいだろ。



『マリちゃ~ん。無視しないでぇ』

弟と会話してると外野がうるさい。

小豆を煮たのはまだ水分が多すぎる。煮詰めなきゃいけないんだろ。どう見てもまだスープ。汁粉か。


『味見した?』

「してない」

『する♪』

『したい』

勇者はともかく、弟がなんで手を挙げてるんだ。

「これ危ないぞ」

『危険を恐れていたら冒険者にはなれない』

「冒険者じゃないし」

『冒険者としてやっていけるのが3人も揃ってて、1人も冒険者じゃない』

『だって、僕は勇者だし』

弟が言うと勇者が応えた。ってか、やっぱり勇者ってのは職業なのか。それを仕事として認めていいのか。


『やっぱり何かあった時、一番は生産者だし。腹減ったら動けないじゃん』

弟よ。そんな基準で騎士団からかかった声を無視して叔父の農園に勤めたのか…。


「ねぇ、もう1人は?」

『当然、姉貴でしょ?』

「家事をやってるか弱い町娘だし、ムリムリ」

『〈クマ殺し〉のくせに』

「なにそれ?」

ずいぶん物騒な…。

『姉貴の徒名だよ』

『第3騎士団で時々使われてるよな』

「なんで?」

『姉貴また都合の悪いことは忘れたな』

「人間ね、覚えてられることに限界があるのよ。どうでもいいことまで一々記憶してらんないの」

不要な記憶は即座に消去だよ。


『小豆は忘れないで』

あ、かき混ぜる手が止まってた。水っぽいとはいえ、気をつけないと焦げるな。砂糖の加減もわからんし、とことん失敗する前に味見させるか。

深皿に少し取り分けて、勇者と弟に手渡した。

先に弟が口付けた。途端に顔をしかめる。

『姉貴、なんで甘いんだよ!』

そういえば、味付けの段階では居なかったっけ。

「勇者の好み?」

テキトーに返した。私は作る気が無かったんだから、正しいな。


『いくら何でも豆のスープが甘いのはダメだろ』

『小豆は甘くするんだよ。…でも、これ何だか苦いってか、渋いってか…』

同じく顔をしかめた勇者が反論した。

『豆を甘くしたら食べらんないじゃん。しかも甘苦くて…これ失敗作だろ』

ふむ。イヤな感じって思ったのは苦さだな。でもって、弟の言う不思議な匂いってのが甘苦か。合ってたな。


「大丈夫。試作の失敗は勇者が責任を取るって決まってるから」

にっこりと満面の笑顔を見せた。試作第1号はもうこれで完成ってことでいいよね。で、失敗したら私の役割は終わりさ。


『なんで苦いのぉ』

いい歳した男性がそういう言い回しは可愛いより気持ち悪いから。


「…小豆洗い?」

『妖怪のせいなの?』

ふとこぼれた言葉に勇者が反応した。お前その歳で妖怪信じてんのかよ。そもそも、こっちの世界にも居るって解釈か。

「いや。小豆を洗わなきゃいけないってことは、水溶性の苦味成分があるってことなんじゃないかと」

『姉貴。何だよ、その小豆洗いって』

「勇者の世界にいる魔物らしい。この豆を洗ってるらしい」

『豆を甘くするのはその魔物のせいなのか?甘くすると魔物に奪われないとか?』

だんだん話が食い違っていくような気がするが、どうでもいいや。

『ってかさぁ、豆を甘くしたら食べらんないだろ。姉貴もやる前に気づいてよ』

『いや、だから、小豆は甘くして食べるんだって』

『えっ、マジ?蜂蜜じゃなくて砂糖入れちゃったん?もったいなっ』

『小豆はデザートにするの』

『豆はデザートにはならん』


立派に平行線だし。これぞ、異文化だね。勇者からすれば小豆はデザート以外の何物でもないし、弟からすれば豆は食事以外の何物でもない。甘い豆の存在なんて認めらんないだろ。

あ、これ、海苔と一緒で勇者だけにしかウケないんじゃ……。レシピ開発するだけムダだな。

まぁ、勇者に根性があれば自力開発すんだろ。とりあえず…


「食べ物を粗末にするな。甘かろうが苦かろうが、お前が食べるんだ」

勇者に鍋ごと突きつけた。


「食べたら鍋洗っとけ」

『マリちゃん、ヒドい』

勇者は泣きながら鍋いっぱいの小豆の甘苦スープを食べてお腹いっぱいになったらしく、鍋をきれいにすると帰っていった。


従姉に小豆は失敗だって報告しなきゃな。面倒くさい。

やっぱり勇者が来るから悪いんだ。


疫病神め、二度と来るな。

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