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二度と戻って来なくていいと毎度のことながら心密かに思った勇者は、やっぱり普通に砂糖を買ってきた。
この砂糖をとっておいて、妹の為にルバーブのジャムを作る時に使えないだろうか。高いし、何より一介の町娘が大量に高級品を買うのは変だし、色々あってジャムを作るのもほどほどの量。平凡な人生を送るためには稼いでいても常識の範囲内での買い物しかできない。税金をごまかしてはいないけど、多めの収入を隠すには豪遊とかできない。する気もない。〈カレーではない何か〉が有名になっただけで狙われるんだ。ウチの本当の収入が一般にわかる形になったらヤバい。父の本業が公になるのも問題だしね。
だから勇者を隠れ蓑に高級品を手に入れるのはアリかもしれない。最近できた妹の友達ルートでゲットとどっちが目立たないだろうか。
そういえば、ジャム減ってたな。甘いもの好きな妹のために次に作る時には多めにって思うけど、足りなくて、もうちょっと欲しいくらいが美味しいよね。食べ過ぎて飽きても微妙だ。砂糖は脳には栄養だけど、太るし、ほどほどの量で抑えるべきだな。心持ち多めってくらいにしよう。
でだ。小豆だっけ。
小豆調理したことないんだけど、普通に豆料理ってことでいいんだよね。
ってかさぁ、中食外食だったから、こっちに転生してからしかまともに料理したことない。1人分作るなら買った方が安いし、食べに行った方がおいしいし。料理が趣味とか才能があるとかなら、作るのもありだろうが、とりあえずマズくなくて栄養が採れればなんて考える私には向かなかった。だいたい仕事が楽しいから料理に時間を割くのがもったいなくてな。
そういえば、中学の一時期、お菓子作りにハマってたな。原材料費に、できあがったものの味を考慮した日にマイブームは終了した。中学生にして、そんなことを考える段階でムリだ。計量したりするところが実験のような雰囲気が少し気に入っていたのだが、完成品がわかる時点で……ある意味完成されたレシピで試行錯誤の入る要素が少ないのも敗因だろう。味を損なわないようにレシピを変えるのも面倒くさいし。
でだ。小豆だったな。
面倒くさいからすぐに忘れそうになるな。
とりあえず、一晩水に浸けときゃいいか。この“一晩”という曖昧表現は何なんだろう。ウチの一晩は夏と冬では何時間か違うが、そこはどう解釈すべきなのか。冬は気温が低いから時間を長めにする必要があるって解釈でいいんだろうか。謎だ。
『マリちゃん。すぐできる?』
「とりあえず様子見だ。小豆ってのを扱ったことはない」
『ねぇ、マリちゃん。お汁粉とぜんざいってどう違うの?』
「知らん。おはぎとぼた餅なら知ってる」
『えっ、それ気になってた。教えて、教えて。粒あんとこしあん?』
「季節だ」
『はい?』
「牡丹の咲く季節に食べるのがぼた餅で、萩の季節がおはぎ」
『ええっ』
「だいたい粒かこしだったら、ゴマのおはぎとかきな粉のおはぎは何なんだ」
『あ♪粒あんやこしあんもいいけど、ゴマとかきな粉もいいね。お米発見されないかなぁ』
豆知識より食欲かよ。ってか、誰がきな粉を作るんだ。面倒くさい。
待てよ。きな粉は面倒だけど、煎り大豆は携帯食になるな。そこまでは従姉にやって貰おう。大豆の量産が可能になったから、幅が広がったな。植物油も量産できるか。まぁ、病害虫の状態もチェックできてないし、焦りは禁物だな。ゆっくり広めていくとして……冒険者に煎り大豆は行けそうだから、示唆はしとこう。干し肉だけだと飽きるから、需要はあるだろう。
『マリちゃん。あんこまだ?』
カッコーン
「さっき様子見だと言ったろ」
『だってさ、クッキーもいいけど、和菓子も捨てがたいじゃん』
カップを頭に乗せたまま勇者がごねた。
『お米も醤油も味噌も納豆も無いんだよ。あんこが手に入りそうなら我慢ができないよ』
「お前ウザいから帰れ」
砂糖は貰ったから二度と来るな!




