宰相の憂鬱 6
「奥様の機嫌は直りましたか?」
含み笑いを浮かべながら目の前にいる男が言った。噂を鵜呑みにして嫌みを直接ぶつけるとは愚かな。
「妻の機嫌が悪くなるようなことは特にありませんが」
無表情で返すとにやにやとした笑みになった。
「そういえば、閣下のお子様は幾人でしたかな?最近物忘れがヒドくなって…」
「息子が1人だけなのを忘れるとは年は取りたくないものですな」
「そうでしたかね?もう1人2人いるような…」
妻が産んだのは1人だし、他には子供はいない。娘がいたら政略結婚でもできるぞと何回か言われたこともある。実力で宰相まで登りつめたし、今もなおその地位にいる。息子は息子の実力で自分にあった地位を掴むべきだ。親が口を出す必要はない。実際のところ息子も文官としてはそれなりの位置にいる。他人に心配してもらう必要などない。
「まあ、奥様の機嫌をこれ以上損ねないようにほどほどに…」
そう言って含み笑いを浮かべたまま男は去って行った。
言いたいことはわかる。今、王宮内を流れる噂の1つだ。
元々の噂は「私が匿名で孤児院に寄付している」という他愛もないものだったハズだ。
気が付いたら、寄付している孤児院に愛人がいるだの、隠し子を預けた孤児院に生活費と口止め料で多額の寄付をしているという話になっていた。
そもそも匿名で寄付して個人的には顔を出したこともないのになぜ流出したのだ。妻からは「お礼を言われた時に困るから秘密にしとかないで」とだけ言われた。幼なじみでよく私のことがわかってるだけあって疑いもしなかったようである。もし、そのことも加味して噂を流したのなら感服しなければならない。
最近、流れている噂はこれ1つではない。会計担当が賭事にハマって公金を流用した(現在、調査中)だの、美形と噂の義賊の頭が平凡顔で、覆面を取るだけで追っ手の目を眩ませられるだの。不倫に隠し子、さらには将軍の趣味が押し花であることまで百花繚乱である。新しいもの好き、面白いこと好きな貴族からすると、出来の悪いと噂の王女が平民に暴行した挙げ句に謝罪したなんて話は過去のものになった。
少女が請け負ってたった3日で王女にとって不名誉な噂は影も形も無くなった。噂がすり替わってさらに3日経ち、今日は王女が少女と遊ぶ日だ。本来なら王女が少女の方に遊びに行く番だが、珍しいお菓子が手には入ったとこちらに来てもらっている。実のところ、王宮内に平民である少女を招くのは簡単ではない。一度、我が家に来てもらって、支度し直して貴族の娘っぽい感じにして妻が連れてくる形にしている。遠い親戚を王女の話し相手に、と。これがさらに噂の信憑性を増しているらしい。つまりは少女が私の隠し子ではないかと。
妻は少女と馬車の中で会話するのが楽しくて、娘が欲しかったと残念がる時がある。少女が服飾について造詣が深く、身体が弱くあまり外出していなかった妻と話が合うらしい。
妻は少女を養子に欲しいみたいだが、妹を溺愛しているあの娘から引き離すなんて怖いことはできない。それこそ、王都壊滅の恐れがある。
「ありがとう。あれからすぐに噂消えたみたい」
隣の部屋から王女の明るい声が聞こえた。
「どう致しまして」
少し照れ加減の声が応えた。
「でも、どうやったの?」
これは王女に尋ねるように打ち合わせていた質問だ。
「わかんない。お父さんとお姉ちゃんに任せただけだから」
「……」
「2人とも取っておきのネタを投入するって張り切ってたよ」
取っておきのネタ…?
「張り切り過ぎて収拾がつかなくなっちゃったみたい」
明るい笑い声が上がった。
「そうなの」
逆に力無い王女の声。
「また何か困ったら言ってね。お父さんもお姉ちゃんもお兄ちゃんも私の為なら何でもやってくれるから大丈夫だよ」
もしかしたら、一番怖いのはあの家族をこき使うこの少女なのかもしれない。




