宰相の憂鬱 5
あの和解から1ヶ月が過ぎた。王宮への納品は平常に戻った。鍛冶ギルドの慰安旅行は温泉地へ一週間だったらしい。帰って来てからはいつも通りだ。
冒険者ギルドへの依頼は今まで通りとは行かず、支払う報酬がちょっぴり上がった。毎回のことなので、地味に痛い。
リース商会からの納品は値上がりした。さらに優先権やら何やらと他のところから苦情が出にくいギリギリの線での解決だ。
カスレの暴れ牛とその弟が“遊んだ”場所は直径1kmの更地になっていた。様子を見に行かせた手の者によると、そこで暴れ牛が待っていたらしい。弟に気づくと何やら口論となって、そのままバトルへと発展したとのことだった。
『勇者を召喚する意味って何ですか』と言う相手に返す言葉が無かった。あの2人が居れば魔王くらい討伐できそうだ。
ああ、そうだ。跡地の植林の手配をしなくてはいけない。先日、王女と現場を見に行ったが、未然に防いだ被害の大きさを予想させられた。王女は軽率な行動の反省でサボっていた勉強を真面目に受けるようになった。わからないことがあれば、何度でも聞いてくるようになって、教師側もより一層勉学に励むようになったのは僥倖か。
王女に選民意識を植え付けたバカ共の再教育も始まった。
弟の休業補償はバトル後、ケガが治るまでとなり、2週間延びた。それでも王都壊滅よりははるかに安く済んだ。
王都壊滅を防いだことをあの娘に感謝すべきかどうか悩ましい。
事後にカスレから詳細な情報が届いた。王都でも再調査した。カスレの暴れ牛はあの娘を溺愛しており、娘の為なら何でもやるし、娘の言うことだけは聞くらしい。そしてカスレで娘が暴れ牛に土を付けたという新情報もあった。娘を傷つけないように手出しはできなくても避けることはできるハズだ。しかもカスレ騎士団の多くの騎士は娘の動きが見えなかったとのこと。どんな手練れだ。
跡地を思い出しながら、戦慄した。あの暴れ牛を倒し踏みつけられる(報告書にそうあった)娘。体重差から言うと倒すこと自体困難だと思われる。それができるとは、やっぱり兄妹なんだな。見かけに寄らない。
ああ、王女が無事で良かった。そんなのにケンカを売るとは無謀過ぎる。
王女は最近、友達になった娘の妹と遊ぶようになった。友達にしては年下だが、意外に話が合うらしい。
今日はこちらに遊びに来ている。
「うん、だからね。他国の内政に干渉しちゃいけないんだよ」
隣の部屋から少女の声が聞こえた。念のためたまにそっと様子を見ている。
はて、さっきまでリンゴ姫の話をしていたハズだ。確かに隣国の王妃を処罰したら問題だろう。だが、子供がする話じゃないぞ。
「そこは妻の娘へのイジメを家庭内の問題として放置しといた王様がいけないの。でも、それが王様の方針なら他国は口を挟んじゃいけないんだよ」
「うーん、王はやりたい放題ってこと?」
「違うの。やりたい放題やってたらクーデターとか一揆とか起きて倒されちゃうよ。あとは民が逃げ出して国そのものが無くなる場合もあるし」
「…」
高度な内容になってきているが、最近の学校ではこんなことまで教えるようになったのだろうか。読み書き算術だけだったとおもうが、これでは貴族の教育と変わらない気がする。
「王様には国や民を守る義務があるわけ。その義務を果たした上で何をするのも自由だけど、やったことに対する責任は生じるんだよ。貴族も一緒だよ。王様に従う義務もあるだけで」
「ということは国を守るためなら何をしてもいいの?」
「責任が取れればね。民を守るためには命さえかけるのが責務だよ」
「そっか、そうだよね……そこまでの覚悟は無かったかも…」
王女にとって教育的でいいのだが、言葉使いが移ってきている気がする。
「そんなことよりさぁ。何か悩み事あるでしょ?偉い人たちに言えなくても、友達だから相談に乗るよ」
「…うーん…あのね。今回のことで影でこそこそ言われてるみたいなの…」
一瞬言葉に詰まったが、恐る恐る告げた内容は最近の王宮内の噂話に関するものだった。噂の元は現在の治世に不満のもつ貴族らしいとの情報は掴んだが、証拠が見つからずに困っているものだった。
とうとう本人の耳に入ったらしい。
「噂ね。わかった。何とかしてもらうから安心して」
「大丈夫。自業自得だし…我慢するわ」
安請け合いする少女に王女は諦め声で返した。
「3日。ううん、5日だけ待って。噂は消えるから」
そして3日後、王女の噂は消えた。




