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宰相の憂鬱 4

朝から緊張していた。

一つの謝罪の成否によって国の滅亡の有無がかかっている。


しかしだ。

なぜ、王女の町娘への暴力事件で、国の存亡の危機になるのだ?


わからない。


しかし、今 王都に壊滅的被害を被れば、国庫が空になる。魔王の被害からの復興でかなりの支出を要した。経済が戻ってきたとはいえ、まだまだ再興中なのだ。だからと言って税を上げれば民に逃げられかねない。王家への不信が募る現状ではそんな愚策は採れない。

これ以上、疲弊すれば虎視眈々と狙っている他国が黙っているわけがない。既に工作員を使って不信を煽っているのだ。動かないはずはない。


娘の父親が商業ギルドの役員であり、叔父が農業ギルドで力を持っているのは調べがついた。オマケに叔母がリース商会だ。今の困窮の理由がよくわかる。

だが、冒険者ギルドに関係している家族はいない。鍛冶とか木工もだ。神殿からも苦言をもらったが、理由がわからない。娘2人はあれから家から出ない。第2、第3騎士団の中から不平不満が聞こえきている。もはや、何がどうなっているのかわからないほど混沌だ。


何より近づいてくる嵐が心配だ。この件が片付いたら、カスレへ連絡した手段を見つけ出さなければならない。魔法を使わずにそんなに早く連絡できないハズだ。そもそも、あの暴走をどうやって食い止めるのだ。前に暴走した時は一週間暴れっぱなしだったハズ。念のためカスレ騎士団に暴走を止める方法を問い合わせたが、返事は『暴走させないようにする』だった。再度の暴走した後に止める方法を聞いたら『そうなったら誰にも止められない』だった。

他国への抑止力にしては危険過ぎるのではないだろうかと考えさせられた。だからと言って、既に実効性のある抑止力をおいそれと外すわけにもいかない。ジレンマだった。


いや、今はとにかく暴走を食い止めることが重要だ。どんな手段があるかは知らないが、吟遊詩人の落ち着いた様子を信じるしかない。

信じるしかないのだが、昨晩はよく眠れなかった。なぜ、昨日のうちに謝罪しに行ってはいけなかったのだろう。眠れぬ夜を過ごすくらいなら、1日でも1時間でも早く謝った方が気が楽だ。


吟遊詩人の笑みが憎たらしい。多分わざとやってる。一晩遅らせたのは私を悩ますためだろう。


「マリアンヌは頭がよくてかわいいんですよ」

約束までまだ時間があると吟遊詩人は笑った。

「後継者にって思った時期もあったんですが、なにぶん歌と楽器と物語に愛を込めるのが苦手らしくて…」

それは吟遊詩人としては全然ダメじゃないか。そもそも、女性が一人旅などしたら危ないとは思わなかったのか。

「マリアンヌに物語を書かせたら考察だの結論だのって学術的になってしまって…物語を考えるまではいいんですが、文字にすると何だか変な方向に…」

それは変と言う域を超えてないだろうか。

「ほら、王女殿下の好きな『ガラスの靴の姫の物語』あれは最初は彼女に文章に起こしてもらったんですよ。そしたら、『下級貴族が王太子に嫁ぐ問題点について』ってタイトルになってました」

物語に愛を込めるとか以前の問題じゃないか。


そんなことより…


「そろそろ時間じゃないだろうか?」

「あ、行きましょうか」

同行者が全員緊張で沈黙する中で、喋り続けていた男が娘の家に案内し始めた。



その家は王都の中でも外れの方にあった。わりと広めなそこには、家族が勢ぞろいしていた。

赤毛の中年男は父親だろう。それよりのさらに赤い髪の背の高いがっしりした若い男は弟か、薄茶の髪の女性は母親、その隣にリース商会の代表がいる。顔かたちが似ているところから姉妹だとわかる。

ケガをしたという少女はこの場に居ない。


最後は地味な赤毛で、身長も体型も際立った特徴はなく、どこかですれ違ったとしても印象に残らないような平凡を絵に描いたような20歳そこそこの娘だった。これが勇者が執着して止まない娘なのか。

王女の方が明らかに美人で適齢期だし、財産も地位も上だろう。勇者の好みはよくわからないな。


観察は一瞬でお終いにして、深く謝罪に入った。

父親や弟から手厳しい言葉が浴びせられるが、こちらに非があるので仕方ない。


更なる横暴を避けて閉じこもっていただけらしく、少女のケガは大したことはなかったらしい。ひとまず安心した。

民に暴行を働く貴族どもを何とかしない限り、その対応は正しい。今まで放置しておいたツケが回ってきた感じだ。やるべきことがどんどん増えていく。


話から母親が勤めている食堂に冒険者が多く利用しているらしく、そこから冒険者へ王女の暴行が広まったらしいことがわかった。この家族はどんだけ顔が広いんだ?


いや、それより、あの暴走赤牛を何とかしないといけない。


「エリック。ルネ兄に手紙書くから、ちょっと遊んでもらっておいで」

娘が言うとあっさりと家族も応じた。

そんなんで止められるハズがないだろう。あの暴れ牛だぞ。

そう思うのに、この家族の様子を見る限り、絶対の自信を持っているらしい。


気力も尽きた私は自分の裁量権の範囲でかなりの和解条件を飲まされることになった。



そして、誰にも止められないハズの赤牛は確かに止まったのであった。そのまま、王都に入ることなくカスレに戻って行った。

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