宰相の憂鬱 3
とりあえずと、吟遊詩人には新作を弾き語ってもらい、王女に自分の部屋に戻っていただいた。
もちろん、私も王女も心ここにあらずで、どんな物語だったのかはわからない。
そんなことはどうでもいい。この国の危機を何とかしなくてはならない。だが、貴族たるもの慌て過ぎてはいけない。
吟遊詩人と話し始めるとすぐに、秘書官から連絡が入った。急ぎの用件で第2騎士団の団長が来たと言う。
私に直接となれば勇者関係で何かあったということだ。これ以上、何が…。
別室で内密に用件を聞こうと思い、吟遊詩人の方を向くと訳知りの笑顔だった。一瞬にして隠しても無駄だと悟った。そこで、騎士団長に入ってもらった。
騎士団長は入るなり部外者に視線を向けた。
挨拶の後、内密な話なのでと口を濁したまま押し黙った。
「構わない」
「しかし…」
「我が姪のトラブルから始まった街の不穏な噂のことですかね」
「姪?」
「うむ。しかしてその不穏な噂とは?」
例の娘の親戚らしいと騎士団長に頷いて教えた。
この男を宴席の余興として呼んだこともあるから騎士団長も見かけたことはあるはずだ。意識はしていないだろうが、姿は覚えているだろう。
「そもそもお前は王都に戻ってきたばかりではないのか?」
「宰相閣下にお目通りさせていただく前に、簡単に噂くらい拾って参りますよ」
吟遊詩人はにっこりと笑うが、邪気のないとはお世辞にも言い難いものだった。
王都の住人に王家への不満や体制への不信が広がっているらしい。反体制派の旗揚げまで噂されているらしい。
原因の一つは今回の件を含めたこれまでの王女のお忍びがあるのだが、複数の貴族の言動も大きい。
問題はこの時期に一気にそれが噴出していることだ。これだけの情報が王都中に回ったことはかつて無い。しかも広がる速度が尋常じゃない。この混乱に乗じてどこかの国がプロの工作員を大量に投入したのかもしれない。おかげで第2騎士団はてんてこ舞いらしい。
今の問題が何とか片付いたら工作員の排除もしなければならなくなった。
魔王討伐以後は安定した治世だと思っていたのに、意外と脆弱であることが露呈した。やるべきことがどんどん増えていく。
そこへ入室許可を求めると同時に第3騎士団の団長が走り込んできた。呼吸が乱れており、よほど慌てているらしい。
「…カ、カスレの…赤牛がこちらに向かって暴走…」
切れ切れの言葉だが、内容はわかった。わかりたくはなかった。
吟遊詩人に視線を向けると、平然としていた。
そうだ。この男に連絡が行って、娘の兄に連絡が行かないわけがない。カスレが遠すぎて考慮していなかった。
「今どの辺りだ」
「…明日か明後日には…王都に着くと…思われます」
早すぎる。馬を乗り継いで来ても計算が合わない。これが暴走状態だと言うのか。
「カスレ支部からも何度か連絡があって…宰相閣下にも伝達を依頼してあったのですが…」
来てないぞ。また、どこかで止まったか…。魔王の襲撃によって減った人員を無理やり補充したが、イマイチ使えない奴らが紛れているな。
「第3で足留めできないか」
「残念ながら、米を探して分散しております」
その指示を出したのは私だ。冬は魔物の活動が弱まるから、勇者引き止め策の一環に協力させていたんだった。
なにもかも裏目に出ている。
東の渓谷への遠征で勇者が熱望している米の情報が手に入ったからと急ぎすぎたのか。ん?……米の情報の出所はどこだ。確か娘とリース商会の跡取りの密談した部屋からだったな。もしかしたら、リース商会の女狐にしてやられたのか。
いや、王女の暴走は予想できなかった。偶然だな。
暴走だ。今一番の重要課題は王都にたどり着く前に暴走を食い止めることだ。だが、どうやって…。
「そうそう、それですけどね」
のんびりと吟遊詩人が口を開いた。
「謝りに行くなら段取りをつけますよ。明日にでもいかがでしょうか」
「間に合うのか?」
「間に合いますよ、絶対に」
「行かなくてはいけないんですか?来ていただくわけには…」
「呼び出したら、余計に怒ると思いますよ。当事者が直接謝罪に行かないとムリですね」
にこにこと明るい発言に全員沈黙した。




