宰相の憂鬱 2
現在の状況を話すとさすがの王女も顔色を変えた。
呼び出してそれ相当な物を与えて謝罪とすればいいだろうか。幸いにして勇者関係のことは予算管理を含めて私に一任されている。もちろん、報告は必要だし、必要に応じて王に相談して裁定を仰がなくてはならない。王に何か考えがあって、指示がある時はそれに従うのも当たり前だ。最近で言えば東の渓谷行きだろうか。さすがに単なる町娘をそこまで長く騎士団と同行させるのは悩ましい。まして、魔物の活動が活発なところだ。リース商会と同行させた港町カスレの滞在とは違い過ぎる。
カスレと言えば、娘の兄の情報があったな。まあ、カスレは遠い。この情報が伝わる頃には解決しているだろう。
そこへ訪問者の連絡があった。吟遊詩人と呼ばれる情報屋だ。吟遊詩人として活動しながら情報のやり取りをしている昔っからの知り合いだ。王宮に直接来るのは珍しいが、今は情報は少しでも欲しい。王女の顔色も悪いから、このまま帰すわけにもいかないだろう。楽しい歌でも聞かせて部屋に戻っていただこう。
「宰相閣下。お久しぶりでございます」
羽根の付いた幅広な帽子を被り、深緑色のマントに身を包んでリュートを抱えて吟遊詩人は現れた。首に巻いた一枚の布もマントも帽子を取らないのは無礼だが、コイツはずっと変わらない。そして力もある。マントに隠れて見えないが、一見優男に見えるのにその実かなりの筋肉質である。
吟遊詩人と私との出会いは、もうずいぶん前になる。視察の帰り道で反体制派に馬車を襲われた時だった。反体制派が何かするらしいとの情報を得たので、確かめに参りましたと、20数人の悪漢を簡単に打ち負かして縛り上げながら笑っていた。新しい情報源が使えるかどうか調べていたと言う。彼の話によると情報源のチェックは必須であり、裏切りの芽は徹底的に排除する。そのことによって他の情報源への牽制も兼ねているらしい。これだけの実力者に嘘を教える恐ろしさを克服できるヤツも多くはないだろう。
「しばらく王都には戻ってこないんじゃなかったかな」
確か1ヶ月ほど前にそんな話をして、旅に出たハズだ。
「そのつもりだったのですが、可愛い姪っ子が貴族らしい相手とトラブルを起こしたらしいので心配になって急遽戻って来たんですよ。無用な揉め事は避ける娘なのに珍しいこともあるものですね」
王女に平民を蔑むように教育してしまった者がいるくらいだ。貴族の教育もし直さなければならないなと考えたところで、ふと気づいた。
いつもは私の屋敷に訪問する目の前の男がなぜ今日に限って王宮まで来たんだ。むろん呼べば来るし、単に吟遊詩人として呼んだこともある。それでも最初の打ち合わせはいつでも私の屋敷だ。
いや、まさか…。
「どんなトラブルか聞いてもよいかな?必要によっては私も助力しよう。貴族の監督責任もあるからな」
思わずそう返していた。確認するのは怖いが、ここで動かないともっとマズい状況になりかねない。
「まだ姪っ子に会ってはいないんで、正確なところはわからないのですが…」
そんな前置きがあった。
「なんでもいきなり訪問してきた貴族の娘が一方に騒ぎ立てた挙げ句に下の姪っ子にケガをさせたらしいです」
目の前にいるのにどこか遠くで話しているように聞こえた。
私はこの男がちょっと前までどこに居たか知っていた。騒ぎがあって連絡が行って王都に来るまでの日数が合わない。早馬でもやっと連絡がついたくらいのハズだ。しかも、あちこち移動しているコイツを捕まえるのは、私の情報網を駆使しても容易ではない。いつもいつの間にか、すり抜けてしまうのだ。
なのにコイツは詳細も知っている。魔法でも使わないとムリだが、この男が魔法を使ったところを見たことがない。魔法で連絡する為には双方が魔法を使えないとムリだ。娘には魔力が無くて魔法が使えないのは調べがついている。だから、王女の一件であるはずもなく、もっと前に起きた他の貴族とのトラブルと考えるべきだ。
それなのに……。
「ああ、王女殿下もいらしたのですね。失礼致しました。いつぞやはガラスの靴の姫の物語を褒めていただきありがとうございます。最近のお忍びはいかがですか?」
この男の姪が巻き込まれたトラブルが、王女の件であることは間違いないと納得させられる。
そういえば、この男の家族については知らない。王都にいる時にどこに滞在しているのかも調べがついていなかった。ただ連絡方法だけわかっていた。
ああ、そうだ。何よりこの男については髪の色すらわかっていない。特徴的な帽子の下にあるのは、あの赤毛なのかもしれない。カスレにいる、暴走すると災害級の被害を巻き起こすが、この国の守りに欠かすことのできなくなった赤い騎士。あの暴れ牛の親戚ならばこの男の強さも納得できる。
こんなに早く戻って来れたのには家族間で特別な連絡方法があるのかもしれない。しかもだ。簡単な呼び出しではなく、詳細まで伝えられるやつだ。
そういえば、この男は情報屋である。家族間とはいえ、この驚異的速度で情報がやり取りできるならその情報の価値はものすごいものになるかもしれない。
とにかく、わざわざやって来たからには何かあるはずだ。謝罪の機会が得られるのだと信じたい。




