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「ブランシュはこの人たちに何かして欲しいことある?」
生地の触り心地を確認してうっとりとしていた妹に声を掛けた。
『…うーん。お友達になって欲しいかな?王女様がお友達ってスゴくない?』
いや、面倒なだけだと思う。という言葉を飲み込んだ。
「私は妹の願いが叶うなら一応、譲歩してもいい。但し、これから面倒事に巻き込むのは止めて欲しい」
さすがに勇者を王女に引き取って貰うには年齢が厳し過ぎる。アイツは自分と年齢が近い相手が対象だと思う。
『俺もまずは妹の願いが叶うかとだな。それと……騎士団の中で強いヤツとバトりたい。神官様とやり合うのもいいけど、違う相手ともやりたいんだよ』
安定の戦闘狂っぷりだ。
『神官様と仲がいいのは弟君ですね。騎士団の方は模擬訓練としてできると思います』
老人が応えた。
『子供たちの願いと、今まで通りの安定した商売と休業補償、息子が休んだ分もな』
堂々とお金を要求する父。母方の親族を納得させる商才を常に求められてるからな。
私としては父には副業もあるし、店はそこそこでいいんじゃないかと思っている。
『商業ギルドの役員をやってますよね』
老人が恐る恐るって感じで声を掛けた。
『そりゃ、商売やってるからな。ギルドにも貢献しなきゃなんない』
『厚かましいとは思いますが、お願いが………商業ギルドの…』
『商業ギルドが何かあったかな』
父は首を傾げながらも黒い笑みを浮かべた。
どうせ、またギルドを動かして意地悪したんだろうけど、知らないから気にしないことにする。あからさまな契約違反は問題になるが、色々な理由で納品が遅れることはたまにある。通常は3日で入るが、契約上納期が7日なら7日で入れることは何の問題もない。ギリギリで頼む方が悪い。これが一つの業者なら何とかなるが複数にやられると地味に痛い。
『………いえ、特に大きな問題は…』
老人は口を濁した。
やっぱり、契約範囲内の嫌がらせだな。
『困ったことがあるんなら相談に乗るぞ』
張本人が威張って言った。当然、相談料とる気だよね。
『子供たちの安全安心は必須ですね』
真打ちの母が登場だ。
叔母は後でじっくりと交渉するだろう。ウチの家族は聞かない。純粋に商売の話だ。
『冒険者の方々も自主的に見回りしてくれましたけど、子供に危害を加える貴族がいると怖いでしょ。そういう方々が出歩かないようにして頂きたいんですよ』
そういう貴族を罰しろと暗に言う。私ですら3人ほど知ってる。両親は把握しているだろう。
『…冒険者の方々とお知り合いで?』
『ウチの食堂は冒険者ギルドのお墨付きです』
『……』
で、冒険者が国の仕事を請け負わなくなったわけか。
弟が神殿、父が商業ギルド、母が冒険者ギルドを押さえ、叔母が納品そのもの、叔父は農業ギルド、伯父が情報をじゃ、確かにキツいよな。
鍛冶ギルドと木工ギルドを押さえた程度は大したことじゃ無かったな。もっとやれば早かったか。
ああ、それに父が使ったクチコミネットワークが地味に効いてるハズ。国に勤める人たちが市場で買い物するの大変だったろうし…。
『……それで、とても急ぎなお願いがもう一つ………カスレ騎士団のご子息が……』
『ああ、兄貴が暴走してんの?そりゃ、確かに来るよね』
『前に暴走した時は5km四方が瓦礫になったなぁ』
『ルネったら暴れん坊さんだから』
『建築資材納入しましょうか?』
『ルネ兄の顔よく覚えてないから来るの楽しみだね』
「で、アホ兄がどうしたって?」
好き勝手を言う家族に口を挟み暇が見つけられない老人に助け舟を出した。
『ものすごいスピードでこちらに向かっているようなので、できれば止めて…』
『ルネを止められると思ってんのかしら』
『俺は暴走中の兄貴を止めらんないよ』
『妹思いのかわいい息子よね』
『疲れたら止まるだろ』
老人の顔が目に見えて引きつっていく。王女は自分のしでかしたことの重大さに今更ながらに気づいたのか、真っ白い顔で倒れそうになり、女性騎士に支えられながら辛うじて立っていた。
妹がその様子を見て、友達に椅子を勧めた。…ああ、可愛い。妹の為なら暴れ牛くらい止める。
「エリック。ルネ兄に手紙書くから、ちょっと遊んでもらっておいで」
『えっ♪兄貴と久しぶりの手合わせ?行く、行く!』
声を掛けると弟の顔が輝いた。
『ルネは昔っからマリアンヌにだけは甘いからね』
『おかげでマリアンヌが猛獣使いって呼ばれてたわね』
叔母と母が顔を見合わせて笑った。
『マリアンヌがルネを押さえている間に和解交渉を再開しましょうか』
父がにっこりと笑うと老人は力無く頷いた。
正解。決裂したら次は止めないで王都に牛が乱入だ。




