177
第3騎士団の団長が慌てて家に訪問してきた。
『リース商会から雪で〈カレーではない何か〉の納品が遅れそうだと連絡があった』
……雪ね。もう、どこかで降ったのかなぁ…。
「天候はどうにもならないね」
『こちらでいくらか確保できないだろうか?今、ちょっとアチコチ行ってる部隊が多くて、寒いから取り合いになってる』
寒い時はスパイスで身体の中から暖を取りたいってことか。寒いより暑いとか辛いのが苦手な私にはどうでもいい話だ。
「リース商会との契約で直取りはムリ。父の店で買って」
『それが…他の客の分が必要だと断られてしまって』
「じゃあ、ムリ」
きっぱりと。
『リース商会とは親戚なんだから何とかならないだろうか』
「契約は契約。叔母はそういうのうるさい。それに年間の契約量を既に超えてるって聞いたけど?リース商会ももう納入しなくてもいいんだよね」
『…よくご存知で』
「納入量に応じてマージン貰う契約だから」
第3騎士団への納入量は毎月知らせが届いてる。旅行から帰ってから、その他売上のチェックとか大変だったんだよ。私にだって仕事はある。自宅で妹の世話をしながらできる仕事を考えたのは伊達じゃない。
『…はあ』
がっくりって感じだけど、容赦する必要もない。
「これ以上ってなると材料の仕入れもわからないし、ダメ元でリース商会に頼むしかないんじゃん?」
『…それが、何だか最近対応が……その………この間までは大丈夫そうという話でしたが……何だか急に態度が硬化して…』
言いにくそうだ。原因は察しがついているだろう。
「あ…うん、まぁ…。貴族様?妹があれで?叔母も結構、可愛がってるから…」
曖昧表現のパレード。自分でも何を言ってるかイミフだから。ここでのポイントは第3騎士団の団長がウソをつかない性格であることだ。隠しごとはするけどね。
私は曖昧な発言の行間を読んで欲しいと要求しているだけだ。なおかつ、相手が読んだことについて「そんなこと言ってないもんね」と逃げる気満々である。ここに騎士団長の誠実さを利用したい。つまりは暗に妹がケガをした件が取引に影響してるって言ってるけども、実際には言及してない。言ってないものは言ってないと、後日納得しやがれ。
庶民の立場では王侯貴族の悪口が言いにくいのもある。もちろん、表立っては言えないだけで、庶民同士の雑談じゃボロクソに言ってたりする。
今回はウチの家族は余所様との雑談ではヒドいことは言ってない。淡々と事実のみを……一部隠すだけで、話が大きくなって広まっただけだ。
そもそも、王女はお忍びでたまに上から目線で不況を買ってたらしい。自業自得ってやつだ。単に世間知らずなだけだとは思う。だが、利用できるものは利用させてもらう。
被害者面して、ネチネチと攻撃するつもりだ。ってかマジ王都破壊の方が楽なんだけど、搦め手って面倒くさい。
妹に嫌われないように、妹に怒られないように…つまり、庶民の生活にはあんまり影響ないようにしなきゃいけない。
雪が降る前に、そして何よりカスレからアイツが到着するその前に決着したい。
ってか、性格上もう動いてるハズなんだけど、それに対する反応が無さ過ぎだよ。災害並みの被害を出すのに大丈夫か。この国の情報伝達レベルに疑問を感じるが、都市間を魔法で繋いだってお役所仕事でラスト失速ってとこか。それならウチの〈デーデ〉ちゃん達の方が早くて確実だ。まぁ、宰相が使ってる情報屋の1人が私の伯父って時点で情報戦にはなりようがない。
あ、そうか。きっと牛の速度を見誤ってるな。あの人は普段はちんたらしてるけど、私のことになると人格変わる。多分、今は最速で疲れ知らずで動いてる。アドレナリン出まくりで、眠れないだろうし。
こちらの仕掛けは全て終了したが、問題は向こうの動きの悪さか。いや、こちらは充分に時間の余裕を見込んだハズだから、間に合わなかったら仕方ない。それだけの国ってことだ。政をやってる人たちが無能であれば国が滅びるのも致し方ない。
ただ、今まで居心地が良かったからこのままの治世で行けたらそっちの方がリスクが小さい。
全ては明日だ。…よね。




