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弟が仕事を休んだ。もちろん、病気とかじゃなくて、夢にまで見たという武闘派の神官に会うためだ。そんなもん夢に見るなよって思うけど、あの兄にしてこの弟………いや、エリックは可愛い。ルネの影響があったとしても極わずかに違いない。そうだ。きっと吟遊詩人な伯父の影響だ。
弟が自主的に仕事を休んだのは初めてかな。
勇者と3人で王都の中で唯一魔物が出る場所に向かった。バトルする気なら冒険者ギルドの鍛練場とかいいと思うんだ。でも、武闘派の神官は人前にあまり姿を見せない。神殿は……鍛練場とか暴れてもいい所あるんだろうか。あっても一般市民が入れるかどうかは不明だ。で、結局、人気のない場所で選ばれたらしい。
着くと銀髪サラサラの美丈夫が既に来ていた。
えーと、どこかで見た記憶が………あ、勇者の凱旋パレードだ。あの時は勇者のおかげで大変な目に…ちがうな。あの時からだ。現在進行形。過去は無かったことにできないから、せめていつか過去完了にしたいものだ。
そのためには……切り札は王女だ。肉食系の名にかけてがんばってもら………単なる肉食だっけかな。
なんて考えていたら、神官が低い声で勇者に呼びかけた。
『勇者、あなたね、か弱い女性をこんな危険なとこに連れて来てどうすんの』
『えっ?マリちゃんはか弱くないよ』
ちょっと待った、勇者。お前は私のことをどう思ってるんだ。こんなにか弱い乙女を前に失礼なヤツだな。
思うと同時に足が地面に転がっていた棒の端を踏み、起き上がった反対側の端を掴むと、両手で握り直してそのまま全体重を掛けて勇者に突き出した。
渾身の一撃は勇者が避けたために左肩を掠めた。
ちっ、さすが勇者素早い。
棒から手を離し、何食わぬ顔で元の位置に戻った。
殺気を出すと避けられるよな。無意識下でやるしか無さそうだ。今回の反省点を見つけたところで、銀髪がサラッと揺れた。
『魔力も筋力もないけど、確かにか弱くはないようですね』
反論しようと口を開いたところで邪魔が入った。
『いんにゃ、姉貴はか弱いね。守るべき存在だよ。それをか弱くないって決めつけるのはどうかな』
庇ってくれてるならいいんだけど、弟のその目を見ただけでわかる。因縁つけてやる気満々。戦闘狂の血に支配されてる。
神官は器用にも片眉だけをわずかに上げた。
きっと筋肉の一つ一つを意識して動かすことができるんだと思う。立ち居振る舞いを見てればわかる。筋肉の起始停止からきちんと学んで意図的に動かしている。武闘派はかなりの人体に対する知識があるらしい。もっと感覚的なものかと思っていたけど違った。これは的確に急所を狙ってくるに違いない。強いわけだ。これに魔術だのが加わるんだろ。
『勇者、彼は?』
『マリちゃんの弟。できれば、義弟になって欲しいなぁって』
何、顔を赤くしてんだ?
私の弟と義兄弟の杯でも交わしたいって………確かに恥ずかしいな。
『つまり、あなたはカッとなると手が出る女性と交際したいというわけですね?』
『違うよ。僕はマリちゃんだけ……』
『おい!カッとなると手が出るとは姉貴のことか?』
神官の言葉を否定しようとした勇者を遮って弟が前に出た。
『失礼だろ。姉貴に謝れ』
口ではそう言ってるが、謝ってきたら困るんだろうな。
問題は神官の方もやる気満々だってことだ。
冷静沈着って顔して、実はバトって『強敵よ』ってやつ?
熱い漢は間に合ってます。ってかウザい。
みんなまとめて居なくなれっ!
二度と来るな………あ……エリックはちゃんと帰って来るように。
いや、待て…なんか忘れてる。
『マリちゃん、止めなくていいの?神官様強いよ』
勇者がちょっと慌てていた。
お前、ウチの弟をバカにしてんのか。
「こうなったら止められないし。武闘派の神官とのバトルは弟の積年の願い。その繋ぎはやった。後は弟の責任」
『危ないって』
「ケガしたら手当てはするし…二人とも殺し合う気はなさうだから大丈夫……………あ、そうだ」
やるべきことを思い出したので、踵を返した。
『マリちゃん、どこ行くの?』
「叔父のとこ。エリックが明日も休むって伝えとかないと」
『休む連絡って自分でやるもんじゃないの?』
「戦闘狂が出るとあれだから、他で就職できなかった」
ため息まじりに返答した。勇者に仕事への姿勢を言われるとは、我が弟ながら情けない。
いや、そこがまた可愛い…とか、うん、自分でも止められないくらいブラコンだ。
でも、妹の方がもっと……。
今夜は帰って来ないだろうから、妹の好物を作ろう。それと豆のスープでいいな。




