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帰ってきた弟とドアの修理だ。勇者は未だに床に這いつくばっている。
勇者が買い物に行っている間にドアにかんぬきを掛けて、洗濯だの掃除だのに勤しんでいた。
『マリちゃん。ただいま』の声と共にバキっと破壊音がするまでの話だ。
あの野郎、かんぬきの掛かったままドアを開けやがった。
私が旅行から帰ったばかりであり、疲れてることを気遣って珍しく早く仕事から戻ってきた弟には
『コイツがかんぬきなんて細やかな配慮すんわけないだろ』
って怒られるし、散々だ。
確かに昼間誰かが家にいる時には、戸締まりをする習慣はない。ないが、かんぬきごとドアを開けられるのは多分一人だけだ。だから、うっかりしていたんだが、勇者の力は知ってるハズだと弟に押し切られた。
ドアは基本的に内開きだ。室内側に押せば開く。外からは掛ける鍵はない。錠前とか高過ぎて買えない。家で一番高いものはスパイスだが、これは勇者の結界が張られていて盗まれる心配はない。他のものはまあ仕方ない。むしろ家財道具や食料より鍵の方が高い。そもそも、斧が一本あればドアが壊せるのが、一般の家だ。
内側からはかんぬきだ。長い棒をドアと枠に渡して閉める。今回、勇者が無理やり開けた為に、その棒が折れ、棒を載せる金属製のフックが曲がり、フックを留めていた釘が抜け、ドアと枠の留めていた部分が破損ととんでもないことになった。それどころか蝶番にも若干の変形が見られる。一気に過負荷がかかり全損である。
こういうのって弱いところが真っ先に破損して他の所は無事ってのが相場じゃないだろうか。あちこちもう寿命だったというのか。それともこれが勇者クォリティか。
金物の修理は高いんだけどな。まぁ、父の仕事の関係で少し安くなるのが救いか。
木製部分は弟が担当してくれる。よくできた可愛いヤツだ。
『……マリちゃん。ごめんなさい。ドア壊しちゃって』
一度起き上がった勇者は土下座していた。勇者の服に足跡がついているように見えるのは気のせいだ。22.5cm。身長に比べるとちょっと小さめだ。前世でシンデレラサイズのその靴を探すのにいかに苦労したことか。
でも、質量がかかる面積が小さくなるほど圧力が大きくなるので、私の体重でも効果的に………話が逸れた。
土下座する勇者を横目で見ながら、弟に声を掛けた。
「修理するの、あんただから気の済むようにどうぞ」
『例の神官様と手合わせできれば、何の文句もないよ』
弟は軽く言った。そういえば、顔合わせの手配は頼んでおいたな。にしても、手合わせか。戦闘狂につける薬は無いな。
『拝み倒して何としても会わせますので』
勇者はペコペコと米つきバッタのように頭を下げた。って慣用句なんだけど、米つきバッタを見たことなんてないな。そんな種類がいるんだろうか?それとも単なる動作の表現なんだろうか?前世ならネットでサッサと調べたのに、そこは不便だな。せめて辞書があればいいのに。
まぁ、いいや。
でだ。弟と勇者の間に微妙な齟齬があるような気がする。それもいっかぁ。
弟の願いが叶うなら、ドアの一枚や二枚………良いわけないだろ。今夜どうすんだよ。
勇者、お前 二度と来るな!




