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久しぶりの朝の水汲みに共同井戸まで来たら、近所のおばさんたちに捕まった。
『勇者様と旅行に出てたって本当?』
『よく訪ねて来てるわよね』
『ラブラブ?』
期待にワクワクととした目で見つめられても困る。
「旅行には連れ出されたけど、スゴいいっぱいの中の一人だよ。私は単なるオマケ。勇者様の話し相手」
『騎士団長自ら誘いに来てたわよね』
『騎士団長二人ともいい男だったわ』
『えっ、二人も来てたの?』
『そうなのよぉ』
『見たかったー』
つまり勇者はいい男じゃないってことだよね。うん、よくわかる。ウザいし、ウザいし、ウザい。
『で、いつ勇者様と結婚するの?』
無視して黙々と水を汲んでいたら、話が戻っていた。
「しません」
キッパリ。
『またまた。毎日来るじゃないの』
『水汲みとか手伝ってくれてるし』
『働き者よね』
「押し掛けて来られて迷惑なの」
『一緒にお兄ちゃんとこに挨拶に行ったんでしょ』
『まぁ。あのルネが認めたなら安心よね』
『無事に二人で帰って来たんだから、認めてもらったのよね』
『今までちょっとでも視線を向けただけで、殴り倒してきたあのルネちゃんに…』
人の話を聞け。
ってか、やっぱり兄、影で色々やってたな。しかも、有名じゃないか。いや、もちろん気づいてたけど。
ルネ相手じゃ、誰も突進して来ないよな。
しかもだ。そもそも私に対して………理解はしてる。理屈っぽいし、堅いし、面倒くさがりだし、色恋に興味ないし……だってさ、来いだの間の、じゃない、恋だの愛だのって論理的じゃないじゃん。
友達(もちろん女性、異性の友達なんて居ない)が『出会った瞬間に世界中がキラキラ輝いて』って馴れ初めについて語った時に、「それって網膜剥離じゃないの、早く治療しないと視力失うよ」って思ったことは内緒だ。さすがに口に出してはいない、ハズだ。結婚以来疎遠になったのは友達の伴侶と言えども異性であるため兄の妨害で家に遊びに行けなくなったからだ。
優秀な伴侶を得るのは自分の遺伝子を残すために必要だ。そこは理解できる。よくわからないのは、愛のために殉死とか…それじゃ何も残らんじゃないの。障害があればあるほど燃えるってわざわざ仲の悪い家の子供同士一目惚れで、自殺で終わる悲恋物語がウケる理由がわからない。
個を種を残すのが生物学的に正しいんじゃないのかな。生存本能に逆らってまで愛を貫くのは変だ。いや、まぁ、前世も現世も子孫の居ない私が言うことが間違えているのも承知だ。
だって面倒くさい。
優秀な伴侶を探すのも面倒ならば、女性にとって必ずしも安全とは言えない出産も面倒、そのくらいなら仕事してたい。
うん、生物学的に間違ってる。多種多様な遺伝子を持った子孫を残すことによって種として危機的状況において生き残れる可能性を追求しなきゃいけない。でも、それって自分じゃなくてもいいんじゃん。って考えること自体が絶食系なんだろうか。
いやだって、自分が生きるための生活費は稼げるし、多少のトラブルなら自力で解決できるし、色恋にうつつを抜かしているくらいなら仕事で成果を出す方がいい。
おばさんたちの黄色い悲鳴で意識が戻るとそこに勇者が居た。
『マリちゃん。1日ぶり。おはよー』
聞こえないふりで水桶を持って家に向かった。旅行でなまった身体に筋トレは欠かせない。水汲みと薪割りは私にとって実用的な筋トレの一つである。それを言うなら炊事洗濯掃除買い物………家事の全てが日々これトレーニング。重い鍋、洗濯板とたらいを使った洗濯、箒や雑巾を使った掃除など必要なものは一部自作→職人制作の販売品と前世の知識を多少活用したが、とにかく身体を使うんだ。さらに通販だのと違ってこの世界の買い物は重い荷物を持って歩き回る。庶民は徒歩以外の移動手段は普通は使わない。とにかく、万歩計なんか無くても軽く一万歩は超す。ある意味健康的な生活だ。
『マリちゃ~ん。おはよー』
『照れてるよね』
『話題の彼氏だもんね』
『素直になれないとこが初々しいんじゃない』
『ルネちゃんに阻まれてたから異性への接し方がわかんないんじゃ?』
勇者もウザいが、外野もうるさい。私は平穏無事な一庶民の生活を満喫したいんだ。
朝っぱらから、勇者と対面とか面倒なフラグとしか思えない。そういえば、王女はどうした。王宮から戻って来なくて良かったのに。勇者は国が抱え込んでしまえばいいじゃん。
王女……肉食系なら勇者をガッツリ捕まえろや。




