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『ところで』

叔母は蒸留酒をくいっと煽った。

『ドングリの菓子ってのはどんな味なんかい。サンプルを持ってない?パンは焼けるのか』

従姉はさっさと引いたのに叔母は食い付いていた。

「食べられるまでかなり手間がかかるよ」

『手間なんて関係ないわね。孤児院でやらせるから。冷夏になるまでに粉を貯めとく意味があるかどうかだけさ』

コレが経験の差か。亀の甲より年の功……口に出してはいけない言葉だから心の中でこっそり思うだけにする。

亀の甲と言えばベンゼン環、ベンゼン環にちょっと足すとトルエンでさらにニトロ基を3つばかり足すと………また思考が横道に逸れた。


えーと、ドングリクッキーだな。たまたま、道中で焼いた残りがちょっとだけあったハズ。勇者がクッキーにハマってうるさいのなんのって、そんなことどうでもいいから黙って蜂蜜寄越せやってくらい。蜂蜜が手に入ったら妹になんか美味しいものを……母に作ってもらうから。ドングリクッキーの応用で他の焼き菓子もいくつかできるだろうって予想は簡単に立つけど、面倒なんだよ。レシピ通りに作るのはまぁそこそこ簡単だけど、そこに創意工夫を入れるのは悩ましい。やる気がないと特に。もちろん、妹を喜ばしたいのは山々だ。でもさ、母が料理が得意だとわかってるんだから、私が頑張る必要ないじゃん。


『なかなかイケるけど、クッキーよりパンよね』

叔母がクッキーをかじりながら言った。酔っ払いが何を言うとは思うが、それでも味覚は確かなのが叔母なんだよね。

不作の年に売れる商品をって重要だけどさ、ドングリは無いんじゃん。日本じゃ、あの赤い花の根を毒を抜いて食べたって逸話もあるけど、そうまでして………まぁ、今の農業事情なら大規模な火山噴火からの広範囲冷夏でマジに食べ物が無くなる。

日本史でも世界史でも発端が火山だった例は少なくない。火山灰が成層圏に撒き散らされ、太陽光を遮ってというパターンの冷夏の場合、下手をすると星一つ丸々に近い感じで不作になるからな。

あれ?この世界も球体に近い星でいいんだろうか?まさか、亀の上に象がいて平らな大地を支えてるとかないよね。海の端が滝になってるとか………あれって、その水はどこへ行くと思ってたんだろう。物質は保存してくれ。勝手に増えたり消えたりは私の精神衛生上良くない。

勇者には、勇者の都合でものが存在するわけじゃないと言ったが、自分はかわいいので、私の都合で物理法則は存在して欲しい。魔法がある以上、多少の妥協はする……したい。

実際のところはどうでもいい気がする。前世の記憶に引きずられるのは好きじゃない。好きじゃないが常識の一部がそれで構成されているから難しい。

って言うか、この世界の常識が入る前に記憶の再生が始まったから、根底にあるのが前世のものだ。意識としては前世に引きずられた部分もあるが、概ね現世独自の…多分。現世オンリーだったのが、多分乳幼児期だけだから、はっきり分けることはできない。自我が完成した時には前世の記憶があったし…。


症例1。これが医学の限界だ。他に転生者が見つからなければ、他の検討はしようもない。たとえ転生者が発見されたとしても記憶の状態が同じとは限らない。自我形成後に記憶が戻った場合どうなるかはわからん。症例数の少なさが一般化の道に大いなる障害となる。

やっぱりさ、統計的に意味のあるN数が欲しいよな。こんな1例がありました、じゃなくてさ。

うーん、結局のところ前世に引きずられてるわけだ。しかも科学という病気だ。これが為に魔法も受け付けないし、この世界の治療も受け付けない。根拠が欲しいんだよね。根拠。

できました。スゴいだろ。じゃなくて、どうしてそうなったか。百歩譲って仮説でもいいからよろしくお願い…。


『マリアンヌ、マリアンヌ…』

叔母の呼ぶ声に気づいた。


『相変わらず考え事しだすとどっか飛ぶのね』

いや、それほどでもないと思う。少なくとも、玉子の替わりに腕時計を茹でるくらい認識がズレることはないし、呼びかけて貰えば気付くし……普通だよね。普通の基準が難しいんだけど、標準偏差で±2SDに入ればいいよね。で、何で標準偏差を取ればいい?そもそも数値化できるものだけで人間を評価できるんかな。血液検査の結果くらいなんじゃ……あれも健康の定義が難しいよな。

やっぱり定義は重要。

そして、私の定義は私だ。前世の記憶があろうと無かろうと。

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