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無事、帰路についた。渓谷にまだ魔物は出没するけど、越えられないこともないレベル。ちょっとした冒険者とか護衛に雇えばイケるんじゃんって感じ。
そんな場所はいくらでもある(剣士さん、魔術師さん談)。
カスレと今回の旅しかしたことのない私には生の情報はない。噂なら色々聞いてるけど、やっぱりそんな感じだ。
長い滞在だったが、帰路も長い。合わせ鏡の魔法だけが頼りだ。妹の顔を見ないでこれだけの長期間を過ごせる気がしない。妹が生まれる前とかどうしていたかわからない。弟を可愛がりながら、兄につきまとわれていた気が………。
『マリちゃん。帰ったらふろふき大根作って』
「ヤダ。ムリ」
馬車の中でのいつもの会話の最中に肘を勇者の鳩尾にヒットさせた。なんか呻き声のようなものが聞こえた気がするが、気のせいってことで。
『マリアンヌさん。次の町で待ってるそうですよ』
「誰が?」
魔術師さんに聞き返した。
『ボスです』
「従姉さん?」
魔術師さんが頷いた。
何の用で……あ、私に用がある訳じゃないんだ。渓谷が通れるようになったから早速買い付けに行くのか。
「早くない?裏情報で動くと漏洩に問われるよ」
渓谷がギリギリ通れるようになった報告は騎士団が今しにいくところだ。当然、王都から出発したんじゃまだ着かない。同行している魔術師さんと剣士さんから情報が流れたのバレバレじゃん。
『たまたまこの辺りに〈カレー〉を売りに来てたらしいですよ』
あ、はい。たまたまね。
たまたま近くに居て、通れるようになったからとさっさと国境越えて輸出入してボロ儲けってヤツですね。従姉の考えそうなことだ。
魔王が出没した辺りから危険で止まっていた貿易だから、久しぶりの国交回復を一番に乗り込む気満々で待機していたに違いない。どうせ指折りの護衛も従えて…。
「2人はどうするの?」
『家に帰るまでが護衛です』
そういや国に雇われてんだっけ。リース商会所属であることは間違いないけど、国からお金が出ている以上、従姉の護衛に鞍替えするわけにはいかないか。
ってか、リース商会の後継ぎが直々に危険な渓谷越えをするのか?いや、この間まで私も近くに居たんだけどね。
『何かおいしいもの持ってないかなぁ…』
「多分、〈カレーではない何か〉と蒸留酒と高野豆腐は持ってると思う。それを売りに来てるんだと…」
従姉と聞いて食べ物を想像するのはお前だけた、勇者。
『もっと目新しいの……』
「ドングリクッキーか?」
『もう飽きたし』
「ドングリ団子?」
『それも飽きた』
「焼きドングリ?」
『マリちゃんが選んでくれたドングリ苦かったんだよね』
だろうな。厳選したんだから。
「ドングリ豆腐?」
『……ドングリ以外で…』
お前の好きな日本料理じゃないか。但し、多分縄文時代。あったかどうかは定かではないが、ロマンだろ。
「くるみ豆腐?」
『そんなのも作れるんですか?』
押し黙った勇者に対し、魔術師さんが身を乗り出して聞いてきた。
「ゴマ豆腐…辺りは多分ほぼ同でイケるんじゃないかと…そうだ。勇者が色々な木の実で作ってみればいいんだよ」
『マリちゃんが作るんじゃないの?』
「そんな面倒くさいこと誰がやるか」
『この間まで色々作ってくれたじゃん』
「暇だったから、騎士団に作ってただけ。帰ったら妹を可愛がるのに忙しい」
『僕はブランちゃんより下?』
「比較対象外」
あんなに可愛いブランシュと比べるとか有り得ない。
「新商品を開発したら従姉さんがご褒美に異国の食材を輸入してくれるかもしれないよ」
『えっ?お米とかあるかな』
「かもしれん」
『マジっ♪頑張ってゴマ豆腐作る!』
ってか、ゴマ豆腐ってウケるんか?
まあ、いいや。知ったことじゃない。
『ゴマ豆腐ってにがり使う?』
「さぁ…」
多分、違う。縄文食再現ごっこでにがり使ってないもん。
まあ、どうでもいいや。
ちゃんと自分ちで開発しろよ。できるまでウチに来るな。




