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ドングリを使ったお菓子第2弾は概ね好評だった。最初っから、あくの少ないのしか採ってないから。
第1弾については無かったことになった。チートで死ななくなっても味覚は正常とか不幸だというのがおおかたの密かな感想らしい。食べたの勇者と騎士団長だけじゃん。食べてないのにいい加減な。一個食べる分には予想よりイケたぞ。もう二度と食べる気はしないが。
ついでに私を怒らせたらいけないというのも回っているらしい。剣士さんからの情報だ。
おかしい。私は勇者の願いを叶えただけのハズ。勇者が乾燥した粉で勇者が納得するだけの量を焼いただけだ。むしろ、いつもより丁寧に焼いて収率が良かったほどだ。薪で焼くの大変なんだよね。それを言うに事欠いて、鬼気迫る光景だったとか、どういうことだ。
本気で怒ったらこの程度では済ませない。勇者相手なら………うーん。玄関閉めたくらいなら突破できるはずだし、無視しようにもウザいし、白湯出し続けてても来るし、王都の中で逃げても絶対に発見される……国外脱出でもするか。国際指名手配とか迷惑なんだけど。
どの国に行っても勇者を動かす駒にされそうで、イヤなんだよね。この国ではそうなりにくいように根回ししてるから、そんなにヒドくない。持つべきものはコネクション。
『これ結構イケるっすね。もう無いんすか?』
勇者の相手が6日に1日で済むから静かだと思ってたら、すー君がいた。
勇者と行った時には食べ物の話で盛り上がり過ぎたらしく、コイツは基本的に留守番になった。それって反省しろってことだよね。
『俺、甘いもの苦手っすけど、これはほろ苦さがイケるっす』
『できてるのはそれが最後ですよ』
焼くのは魔術師さんが担当になった。魔法で火の調節をしてうまく焼けるらしい。
勘だけが頼りの私とは大違いに収率がいい。私はどうしても、火にムラができて焦げた〈勇者用クッキー〉を量産してしまう。普段スープメインで作ってるから、煮込み料理ならそこそこなんだけど、焼くのはねぇ…。
『ドングリ拾ってくればいいっすか?』
『種類があるのよ』
「私が分けるから適当に大量に拾ってきてくれたら助かるよ」魔術師さんが止めようとするのを制した。ちょっとやりたいことがあって、ドングリを大量に欲しいと思っていたからだ。
『また勇者様にお菓子作るんですか?』
恐る恐る聞かれた。
「違う。材料を変えて安価でできるレシピを検討……して欲しいかなと…母に」
母の方が料理得意だし、任せたい。下準備は担当するつもりだ。
本命は非常時にドングリでどこまで食糧を確保できそうかの検討だったりする。当然だけど、冷夏だとかでたまに実りの悪い年があるんだよね。
あく抜きしにくいのは油溶性成分があるんだと思う。いざという時魔法でも何でも使ってとりあえず食べられるようになればラッキー的な感じ…できれば、科学的に解決で…。
森の動物との取り合いにはなるが、検討しといた方がいいに決まってる。せっかくのチャンスだ。採取だけでも済ませたい。
はっきり言おう。世界を救おうなんてこれっぽっちも思ってない。妹に食べられるものを確保しようとしているだけだ。
皆が採る実と同じでは、妹に充分な量を確保できないじゃないか。
世界はドングリで救えるほど狭くないし、救う気もない。妹か平和に暮らしていける環境だけ整えはいい。つまりは妹の友達とか、ご近所さんとか生活圏の整備が必須なわけで。
『さきクラーケンと干し貝柱以外、海のものはダメっすけど、山のものは好きっす』
すー君もうるさいな。コイツも食べ物好きか。しかしだ。それで怒られた件を反省してるか?
『カスレ行かなくて良かったっすよ。魚とか生臭くないっすか?』
『やっぱり肉っすよ』
典型的な王都育ちだ。食べ慣れない海の幸に拒否反応を示すタイプ。そこは違うんだが…
「うるさい!さっさとドングリ拾って来い!」
食欲魔人は勇者1人でおつりが来てる。
騎士団長が戻ってきたら、コイツを留守番にしないように頼んどこう。現場でビシバシ鍛えてやってくれ。




