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『クマの手はこの間も煮たっす』
騎士団の方から声が聞こえた。
やっぱり聞かれてたんだ。舌打ちしたい気分だ。
『右とか左とか考えたことないっす』
こういう喋り方のヤツとはほとんど会話したことがない。前回のカスレには同行してなかったんだろう。
『珍味って言ったら最近出ている〈さきクラーケン〉じゃないっすか?』
騎士は続けた。
……あのクラーケンか。
量がそこそこあったから第3騎士団に試しに渡してみたって言ってたっけ。勇者と一緒に討伐に行ったしな。
『あれは普通のおつまみだろ』
……勇者…さきイカじゃなくて〈さきクラーケン〉だよ。普通ではないと思うんだ。
『クラーケンって名前っすからね。本当は何を使ってるかわかんないけど、珍しい食感じゃないっすか』
『あれは本当にクラーケン』
『クラーケンがおいしいハズないっす。あんなにグロいんすから』
『何でだよ!イカもタコもおいしいって!』
『タコは絶対に食べらんないっす』
『タコ焼きのうまさを知らないって損だって』
『タコを丸焼きにでもするんすか?不気味過ぎっす』
『丸焼きじゃない!タコ焼き!ああ、食べたくなって来ちゃった!マリちゃん作って!』
話が微妙にズレながらも盛り上がっていたみたいなんで朝食に集中していたら、勇者がこっちを向いた。
「ムリ」
ちらっと勇者を見て一言で済ました。ゆっくりとお茶を飲む。
『真ん丸でカリッとしてて、とろっとしてて、ソースの香りががたまらなくて、マヨネーズもいいな。青ノリとかつお節も欠かせないし…あ、紅ショウガも…』
勇者がタコ焼きの世界に入ってしまって、拒否したのに気づかないらしい。
タコ焼き用の鉄板も、ソースも青ノリもかつお節も紅ショウガも無くて、再現できると思うか? あれって小麦粉に水入れるだけでいいのか?山芋をすりおろすのはお好み焼きか。コイツは基本的料理スキルに欠ける私に何を求めているんだろ。ああ、それでもコイツよりは随分マシなんだっけ。
それにさ、仮に日本で自力でタコ焼きを作れる能力があったとして、鉄板の加工技術はあるのか、そして薪を使ったかまどで再現する?何の苦行だ。カスレではタコを食べる人もいなかったし、もちろん市場には出てなかった。あ、嫌がらせで国にタコを買い上げてもらうってのもあるな。タコ焼きできないけど。
今夜とりあえず従姉に相談してみよう。合わせ鏡はもう一組あって、魔術師さんは従姉にいろいろ報告していたらしい。それを使って干し貝柱は昨夜連絡したから帰宅するまでには父の店に納入されてるはずだ。
海苔にタコ。勇者だけのための産業。ちょっとした仕返しだ。タコは魔法で冷凍保存して貰えばいいのかな。勇者しか食べないもののために国が専属魔術師をおくとか笑える。タコに冷凍魔法をかけるなんて喜ぶ魔術師が居るんだろうか。
勇者は酢だこは食べるだろうか。いつか2人っきりの時に聞いてみよう。酢だこってタコをビネガーに漬けるだけでいいのか。その研究も国に任せるのがいいな。
結果的に勇者をこの国に引き留めることができるんだから文句ないだろ。




