147
第1陣の詳しい報告は夕食後に行われたらしい。
暗くなったら基本的に部屋から出られない私には関係ない話だ。女子会の友が干し貝柱だったのは勇者には秘密だ。
『マリちゃん、おはよー』
何日か続いた静かな朝が懐かしい。
『クマの手っておいしいのかな?』
はぁ?朝っぱらから何だ。
『思い出したんだ。クマの手って珍味だって』
そんなことは思い出さんでいい。
あまりのことに呆れて沈黙していると勇者は続けた。
『ええと…満貫ドラドラに入ってるとか…』
…満漢全席だろ。それは多分、麻雀。やったことないからよく知らん。ドラドラは満漢全席とは関係ないことは確かだ。ツッコミたいけど周囲に人が多すぎだ。
「朝から寝言か」
自分でも最近、騎士団の前でも言葉使いが乱れてきたと思うんだ。思うんだけど……誰か勇者を止めてくれ。
まぁ、あれだな。町娘に丁寧な言葉使いを期待しちゃなんねー。騎士団も下町の乱暴な言葉には慣れてるだろう。
『起きてるよ』
「寝言は寝て言え」
『クマは蜂蜜の壺に右手を突っ込んで舐めるから右手が甘いんだって聞いた気がする』
「誰がクマに蜂蜜壺を渡すんだっ!」
『あれ?……クマが蜂蜜壺を抱え込んでるのは常識かと思ってたんだけど…クマは壺を作れないよね』
勇者が頭をさすりながら首を傾げた。
「お前の常識は非常識だ」
宣言しながら、帰宅までに棒が保つのか心配になってきた。この調子で酷使しすぎるといざという時に折れる。その辺の枝でも使って手頃な道具でも作るか。
『マリちゃん。お腹空いたからご飯食べながら続き話そ』
「だいたい、クマってのは右利きなのか?」
黒パンにレバーペーストを塗りながら勇者に聞いた。わざわざ勇者に持ってきて貰っていた秘蔵品である。
『えっ…………知らない』
『えっ、そこっ?』
勇者と剣士さんの声が被った。確かに護衛の二人はすぐ近くにいる。特に剣士さんは昨日の騒ぎの後は片時もそばを離れない。しかし、周囲の空気を読んだ感じだとかなりの人数が私たちの会話に耳を傾けていそうだ。
「右手って限定するならそういうことでしょ?」
勇者に倣って首を傾げてみた。
『…確かに』
「だいたいさぁ、根拠のない話が多すぎ」
わざとらしくビシッと指差した。マナーって何?町娘舐めんじゃないよ。
「食べて甘く感じるくらいってどんだけ蜂蜜が染み込んでるか考えてみれば変だってわかるじゃん。あり得んわ」
『そ、そうかな』
「気になるんだったら、3日くらい蜂蜜壺の中に手を突っ込んどいてみな」
『寝る時も?』
「うん」
そこかって私も返したかったけど、したり顔で頷くにとどめておいた。
何だか最近、周囲の視線が痛いことが多いのは気のせいだよね。




