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毎日変わり映えのしない平和な生活である。
……勇者が来なければ。
平凡な人生っていいなぁ。
……勇者に会わなければ。
只今、絶賛現実逃避中である。
朧気な記憶によると前世はちょっとばかし波乱万丈であったようだ。
済んだ話なので詳しいことは省くが、護身術が必須だったのは間違いない。今と違って武器の携帯が法的に困難だったために格闘術の取得や身体への知識、力学的な考察が求められた。
おかげで今も助かってる。魔法が使えない私の自衛手段として物理攻撃は欠かせない。
『マリアンヌ嬢?』
現実に引き戻す声が聞こえた。
『我々とて東の渓谷が危険なのはわかっている。そこにか弱い乙女を連れて行くのはムリだ。それを承知で…』
第3騎士団の団長の顔を見るのは久しぶりだ。
「ムリです」
最上級の笑みを浮かべて断固として告げた。
『頼む。君が来てくれないなら、遠征は一週間以内と……』
「ガンバッテクダサイ」
『東の渓谷だと早馬でも往復できない』
だろうな。渓谷って別に独立して谷があるわけじゃないはずだし。あの辺って普通に山また山だったよね。噂だけど。王都から出だのカスレ往復だけだからさ。ちゃんとした地図無いし。等高線の入った地図……懐かしい。一日中眺めてても飽きなかったな。
ってか、誰がそんな遠くに行くか。カスレの行きで既にブランシュ欠乏症になってたのに、ムリ、ムリ。
『第3騎士団の名誉にかけて貴女を守ろう』
危ないとこだってわかってんだよね。クマとか出るし、盗賊団も出るし、魔物も出るし、大きな街道は整備されてないし………えっ。
「そもそも馬車で行けるんですか?」
思わず疑問を口にすると、第3騎士団団長は固まった。
つまりムリなんですね。
『…渓谷に一番近い村までなら』
しばらくして重い口を開いた。
「で、そっから渓谷まではどのくらい?」
『…片道…4日…?』
単純に往復のみで8日。勇者の限界が7日。つまり私を村に置いてってことはナシだから馬車以外の手段で一緒に進むってわけで…
「ムリです!」
お断りはキッパリはっきりクッキリ。最後のは関係ないか。
『王都に残った妹さんの安全は我々第2騎士団が名誉にかけて保証しよう』
そうなんだよ。第2騎士団の団長もウチに来てるだよ。有り得ないわ。
名誉かけられてもブランシュと会えないことには変わりないし、そもそも第2騎士団には三号がいるから危険じゃね?
「そういう問題じゃありません!」
キレてみた。
こういう時は感情的になる方が説得が難しくなる。
「まず、村から山道をどうやって移動しろって言うんですか?」
自慢ではないが、生まれてから22年ほぼ王都暮らしで山道なんて歩いたことないし、馬に乗ったこともない。馬はエサ代だの小屋だのと維持費がかさむから普通の人は持ってない。叔父の農場では少しばかり飼育してるし、出荷に馬車使ってるし、叔母のとこじゃ馬車が無ければ仕事にならないがな。だからまぁ、乗せてもらったことはないことはないけど……その辺りはまるっと無視して
「ムリです」
『そこを何とか…』
コレをもう1時間もやってるんだけど、平和な日常を返せっ!




