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『マリちゃん、マリちゃん』
走り込んでくる勇者の剣幕に昔見た時代劇の『親分、てぇへんだ、てぇへんだっ』を思い出したのはなぜだろうか。
『ノリだよ、ノリ!』
ノリってことは親分の真似をすればいいの……あ、海苔か。勇者が手に持って振り回している黒いそれに気づいた。
今日は暑いんだよね。ちょっとぼーっとしている。
『国王から海苔が来た!』
お中元シーズン到来だな。
「やっとできたか」
『…あれ?知ってたの?』
「リース商会を通じて、海苔の作り方を伝授したのは私だ」
『そういえば日本の食材かっ』
勇者は初めて気づいたらしく驚きの声を上げた。
うん。相変わらず安定のウマシカ。
「海苔を漉く技術に時間かかりそうで、人手とか考えて任せようと思った」
資金とか国が出せやって話だ。
『ありがとー。これから毎月毎月届くんだよ』
進言に従って、長期に国を空けないようにしたんだな。
ってか、海苔に釣られる勇者って情けなくないか。
『でね、でね。今日はざる蕎麦にしようと思って打ってきた』
ざる蕎麦に刻み海苔は必須だとは思う。思うが、いつものことだけど、大切なことを忘れてるぞ。まぁ、いいけどな。
蕎麦茹でるから、水汲んで来るねって桶を抱えて飛び出して行った。
ええと、昨夜の野菜スープは残ってたな。肉が入ってないから脂浮かないし、冷めててもいいな。待てよ。少し塩を入れて濃いめにした方がいいか。塩溶かすならあっためないと。
『麺つゆ~っ!違うーっ』
なんでコイツ毎回食べるまで気づかないかな。醤油もだしの素もないってことに。それより…
「この海苔、存在感があるっていうか、分厚くない?」
『噛みごたえがありすぎだよねぇ』
面倒だからスープの準備しかしなかったので、食卓に出てくるまで海苔をよく見なかった。
「文句言った方がいいぞ」
『ええっでも、せっかく作ってくれたのに』
「『勇者にとって快適な国』が目標らしいからじゃんじゃん言え」
勇者を抱え込むリスクを思い知るがいい。カスレ往復でいかに迷惑を被ったか思い知れ……本音がこぼれそうだ。
『そうなんだ。じゃ、改良して貰おっと』
幸せそうな笑顔だった。
『お米見つかった時にはおにぎりにしやすい海苔になってるといいな♪』
「…今のままだと海苔が割れるな」
破けるじゃなくて、割れる。バリっじゃなくて、バキっと。
説明書が悪かったとか認めないから。そもそも異世界の食べ物をこの世界の賢者が知ってるわけないし、私のせいではないと思う。
悪いのは料理が苦手で語彙が少なくて表現が曖昧な勇者ってことで!




