115
『マリちゃん。干物買ってきたから焼いて』
なぜか泣きそうな顔で勇者がやってきた。
「自分で焼け」
『家で焼いたら炭になった。ロッティに言ったら笑われた』
「うん、そりゃあ笑うよね」
確かに従姉なら爆笑するに違いない。
『マリちゃんヒドぉい』
「今更?」
『…帰りたいよぉ』
勇者がしくしくと泣き出した。
ん?変だ。
「飲んだだろ?」
アルコール臭がしている。珍しい光景にちょっと焦ったが、もしかして泣き上戸か。
前に叔母のとこで飲んだ時には泣いてなかったよな。急にどうした?
『今頃、会社でバリバリ働いて、彼女と美味しいご飯食べてるハズだったのに…』
「彼女居たの?」
強制的に彼女と別世界の住人にされたのか。
『……居なかった…』
それはそれであれだけど。
「じゃムリじゃん」
『…慰めてくれないっすか』
「やだ。面倒くさい」
『……社会人になったら料理上手な彼女と付き合うんだって決めてた』
「社会人だったんだろ?一応」
『……なったばっかだったし…』
「今も働いて生活してるってことでは社会人」
『…キツっ』
「慰めて欲しいなら他に行け」
『だって、日本の話できるのマリちゃんだけだもん』
だってとかだもんとか成人男性が使うの止めようって。
「他に居たらそっちに行ってここに来なくなるんだな」
『そんな人探さないで!』
なんでやねん。
『マリちゃんがいるからいいんだよ』
うーん。ホームシックかな。珍しいな。あ…まさかマヨでホームシック?
カスレの時はみんなでガヤガヤしてたけど、王都に帰って一人暮らしを実感したら発症か。
そういや、五月病もやったらしいし、実は繊細?
いつもの言動が言動なんで登山用ザイルくらい太くて丈夫な神経だと勘違いしてたわ。
考えてみれば、天寿を全うして生まれ変わった私と違って、人生半ばでムリヤリ連れて来られたんだったわ。そりゃ参るな。だがしかし、私は谷底に蹴り落として這い上がるのを待つ性格なんだわ。
「グジグジ言うなら出てけ!この世界で勇者を名乗るなら他人に弱みを見せるな!私にも仕事がある。邪魔だ」
ちなみにカスレ往復の際に〈カレーではない何か〉の製造は全面的にリース商会に任せた。少しヒマができたが、勇者には伝えない。
『……焼いて』
干物を目の前に出された。表情はない。
……………。
想定外だった。目が点になるってこういう感じかな。初めて実感した。
『今日のお昼ご飯』
昼間っから泣き上戸になるほど飲んだんだよな。
あれ?
「どこで飲んだ?」
『叔母さん家』
勇者の親戚はこの世界に居ない。この場合の叔母はもちろん私の叔母だ。そうだよな。干物を売ってるのはどこだか考えればわかる。
飲まして面倒な酔い方したから、こっちに回したな。
「貸せ。焼いてやる」
ひったくるように干物を奪った。
『マリちゃんありがとう』
かまどで干物焼くの面倒なんだぜ。今回のは叔母の不始末だからやってやるけど、いい加減自立しろや。できないなら王宮に居候させてもらうか、騎士団の宿舎に入れや。料理人雇う手もあるな。自宅の管理を含めて王都の雇用情勢に貢献してみろ。
ああ、面倒くさっ!
酔っ払いの相手なんて二度とやるか!




