106
羽根の付いた幅広な帽子を被り、マントに身を包んでリュートを抱えて……相変わらずだわ。伯父さん。年考えろや。
『へえ~。マリちゃんの伯父さん、すげー』
勇者が思わずといった感じで感嘆をこぼした。
絵に描いたような吟遊詩人。但し、年齢的に微妙。それが伯父だ。
それでも、安全に一人旅ができるあたりが血筋か。武器隠し持ってるしな。
『これはこれは…最強と名高い勇者様ではありませんか』
吟遊詩人は勇者のつぶやきに笑顔で応えた。
『我が姪マリアンヌと大変仲がいいと義妹からの手紙にありましたよ』
漏洩源は母か。ネタになるって思ったな。勇者との純愛物語のヒロインになるなんてまっぴらごめんだ。そんなフラグはプログラムごと握り潰すぞ。
『勇者様の活躍の物語を聞かせて頂ければ幸いでございます』
食い意地が張って魔王を倒せば日本食!な物語だぞ。まぁ、それでも愛と感動の物語にする才能はあるから怖いんだが。
実態を知る身にはツラい。主に腹筋に。
勇者は律儀にそのまんまを伝えた。マリアンヌとの出会いに関してはぼかしてくれたのは空気を読んだのか。
伯父の質問は物語の構成を考えているのだろう。同行した王女との絡みに最初の重点をおいていた。それが次第に日本での恋愛話になり……うん、王女との恋愛話は無しだな。
今日の昼食会場はリース商会の小会議室である。充分に換気したせいかアンモニア臭はほとんどしない。メニューは燻製などの魚介類、〈カレーではない何か〉、豆腐ステーキなど勇者に因んだものになっている。
望郷の物語にして食材の宣伝辺りが落としどころかな。初演を王都にして母の勤める食堂で提携メニューを出せば話題になるだろう。地方巡業には料理人を連れて屋台にするとかで話題性が増すだろう。
貴族から落とせば早いな。貴族は勇者物語が好きらしいし。
『マリアンヌは最近新しい物語を考えているかい?』
物語を考えたことなど一度もないが、そこは世渡り。前世うんぬんの話は、知れば身内が飛びついて危険すぎる。世間の迫害より、商売好きな身内が怖い。
「最近ちょっと忙しくて。それより勇者様に異界の物語を聞いてみたら?」
『物語なんて知らないよ』
「ほら、果物から生まれた勇者が魔物を退治する話とか、亀に乗って海に沈んで箱から煙とか」
『桃太……うらし………マリちゃんのまとめたあらすじは分かりにくいよ』
「んじゃ、わかりやすくお話ししてあげてね」
勇者をおいて宿に逃げ帰った。たかが物語、されど物語。伯父が納得するまで、話し続けるのは大変だから………できれば二度とやりたくない。




