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 買い物も終わり、ようやく家に帰って来た俺は、精神的に疲れ果ててベッドの上に転がった。一方の織姫はというと、そんな俺に「すぐに晩ご飯作りますからねー」と言って台所に向かった。そんな織姫を見て俺は、尾之上達のことを思い出した。

「まさかあの子もオーディション受けるつもりかな」

「ローカルアイドルっても田舎娘探してるわけじゃないのにね」

 本当、女って怖いよな。

 もしかして織姫もあんな会話したりするんだろうか。

 考えて、俺は、ゾっとした。

「どうかしましたか、先生? あ、これ、今日買っておいたんで後で着てみてくださいね」

 織姫は部屋に戻って来るなり笑顔でそう言って、大きな紙袋を差し出した。

 中には子供服がどっさり入っていた。あと大人用の服も数枚、入っているのが確認できる。そういえば織姫の奴、帰り際にワゴンセールに飛び込んでたな……そのことを思いだし、わざわざ俺のために買ってくれたのかと思うと照れくさくなった。

「ていうか、こんなに子供服いらねーだろ……」

「一応ですよ、一応」

 ふふ、と笑って織姫は台所に戻っていく。

「ったく……」

 俺はため息を吐き、ベッドに転がった。

 と――その時。

 また、例の発作が襲ってきやがった。

 心臓が激しく脈打ち体が火照り、細胞が無理やりに変化しようとしているのがわかった。もちろん実際に動きを感じるわけじゃないが、感覚として、そう感じるのだ。

「ちょっ……おい、戻ってっ……織姫っ……」

 ベッドから転がり落ち、必死に床を這いつくばりながら扉を目指した。

 だが今回の発作は今までのものより激しく、床を這いつくばっている間にどんどん体が縮んでいってしまった。そしておれは一分と経たないうちに、すっかり子供の姿に戻ってしまうのだった。

「……最悪、だ」

 体の縮んだ俺は服の中に埋もれ、全身汗びっしょりのまま床に座り込んだ。





 台所に行くと、織姫が機嫌よく鼻歌をうたいながら料理を作っていた。

 子供の姿に戻ると、織姫のむっちむちの尻がちょうど目線の位置にくる。こんなことを言うとセクハラだと叱られそうだが、形がいいのでちょっと触ってみたい気もする。もちろん触ったりなんかしないがな。

 おい、と声を掛けると、織姫は味噌汁の味見をしながら俺の方を振り返った。そして俺が子供の姿に戻っていることと、ワゴンセールで買ってきたズボンと半袖パーカーに着替えているのを見て、瞳をキラッキラ輝かせた。

「せ、先生! かわいいですうううううううううううううう!」

「うわあああっ?」

 お玉と皿を放り出し、本能のおもむくままに飛びついてくる織姫。

「お似合いです、先生」

 織姫が嬉しそうに笑う。

「く、苦しいだろっ」

 俺はなんとか織姫を引き剥がす。

 キャミソールの上からエプロンを着けた状態の織姫―――当然ながらその姿は、裸エプロンのようにも見える。しかも料理してる最中だからか体はしっとりと汗ばんでいて、しかも髪を後ろで団子状に一つにまとめているため、汗ばんだ項が露わになっていて……それが俺の眼の前にある。ちなみに、何度も言うが、コイツはただのスタイルのいい女じゃない。胸はデカいわ尻はぷりっぷりだわ、太ももはむっちむち……要するに全体的にむちむちでぷりっぷりなのだ。

「どうかしました、先生?」

 不思議そうに首を傾げ、床に手をついて顔を覗き込んでくる織姫。

 わざとか? 目の前に豊満な胸と、汗ばんだ谷間が近づいてくる。

「な、なんでもねえよ! と、とにかく早く晩飯作れよ! 腹減った!」

「今日はハンバーグですよ。楽しみにしていてくださいね」

「お、おう……」

 なんかもう心臓に悪すぎるし、ある意味体に悪い。

 俺は深くため息をつき、部屋でテレビを見ながら晩ご飯を待つことにした。

 大き目のビーズクッションに体を埋めて夕方のニュースをぼんやり眺めていると、例のローカルアイドルの話題が出た。そこで参加する女子高生数名がインタビューに答えていたが、正直、どれも微妙なように思えた。というか、コイツらとなら月影の方が遥に上だろうと、失礼ながら思ったりもする。

 ……けど月影は本当に、なんで急にアイドルなんかになろうと思ったんだろうか。自分を変えたいからか、それとも、自分を地味だのなんだの陰口を叩くクラスメイト達を見返したいからか。まあ、それは本人の口からきかなきゃわかんないよな。

 ていうか俺、なんでそんな心配してるんだよ。面倒くさいな……

 そんなことを考えているうちに、なんだかだんだん眠くなってきてしまった。

 遠のく意識の中、俺はぼんやりと、何故か大空の事を考えた。アイツはどこにいったんだろう、そして俺はいつ、もとの姿に戻れるんだろう。ああ、ずっとこのままだったら嫌だなぁ……アイツ見つけたら絶対に、同じように薬飲ませてやる……




「お母さん、どこ行くの?」

 子供だった俺は、去りゆく母の背中に問いかけた。

 しかし母親は振り向くこともなく、知らない男と一緒に去って行ってしまった。

 寒かった。雪がどんどん降り積もり、けれど、駅のホームに再び母親が現れることはなかった。寒くて、寒くて、でも泣けば母親に叱られると思って涙を堪えた。そのうちに警察が来て、なんだかよくわからないうちに、子供のたくさんいる場所に連れて行かれた。

「初めまして、彦星君。今日からここが、貴方の家よ? ほら、お友達もたくさんいるわ?」

 知らないおばさんが、優しく微笑みかけた。

 そうか、俺は、あの人に捨てられたんだ。

 薄々わかってはいたけれど、認めたくなかったのだろう。

「ねえ、君。泣いてるのか?」

 突然、声を掛けられた。

 そうだ。そうだった。この時が、アイツと俺との―――




「先生?」

 急に声を掛けられ、俺は驚いて目を覚ました。

 織姫が心配そうに顔を覗き込んでいる。

「どうしました? うなされてたみたいですけど……大丈夫ですか?」

「別に。昔の夢を見ただけだよ」

 悪夢だ。

 アイツとの出会い、母親との別れ、なんで今更そんな夢を見るんだよ。

 だいたい母親のことだってもう俺はとっくの昔に吹っ切ったはずなんだがな。

「そうですか? なにかあったら言ってくださいね?」

 心配そうに、織姫が見つめてくる。

 なんでコイツはこんな顔をするんだ? だいたいコイツはなんで俺の世話をしようとする? 子供が好きだからか? そもそもコイツはなんでいつも、俺の側にいるんだろう。今回のことだけじゃない、コイツはこの学校にやって来た時から、俺の周りをちょこちょこと歩いていた。うっとうしくて遠ざけていたはずが、気が付けばこんなことになっているなんて……まさかコイツが仕掛けた罠じゃないだろうな? なんて少し疑ってしまったが、まあ、コイツは大空と違ってあんな変態染みた趣味も思考回路もないだろう。まあ、俺と関わろうとするなんてよっぽどの変わり者だろうけど。

「大丈夫だよ。それより腹減った」

「あ、はい。用意できましたよ」

 そう言われて、見ると、テーブルの上に晩ごはんが用意されていた。

 ハンバーグにフライドポテトに、スープに白飯……なんか子供が大喜びしそうなメニューだな。




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