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「わ、わかったわ? でもね月影さん、やっぱり人を脅すのはよくないと思うの。ちゃんと理由を言ってくれれば私だって協力してあげるのに」
「……とにかく、よろしくお願いします」
月影は織姫の言葉など無視して、立ち上がる。
「じゃ、じゃあ放課後さっそく一緒にお買い物に行こうか。ほら、お洋服とかお化粧品とか色々買い揃えなきゃだめでしょ」
「……わかりました」
ぼそっと返事をし、月島はさっさと保健室を出て行ってしまった。
しかし、なんてこった。まさか今朝のアレを撮られてるなんてな……まあ、ゴシップ好きの女子達に撮影されてバラまかれるよりはマシだがな。にしたってまさか月影があんな脅しをしてくるとは思いもしなかったが……なんでそんな必死にご当地アイドルなんかになりたがるんだ。
「あ。先生、もう誰もいませんよ」
織姫がそっとカーテンの中に入ってくる。
「なあ。あのオーディション賞金かなんか出るっけ?」
「ええと。確か星ヶ丘市名産の『桃みかんミックスジュース』と、賞金は十万円だったかしら。子供には大金ですよね。なにか欲しいものでもあるのかしら」
「そういや月島の家って片親だったか」
「そうなんですか?」
「ああ。母親が五年前に事故で死んだらしい。親父さんと二人暮らしで、高校生の兄貴は負担を減らすために一人暮らし中だとよ」
「まあ、そうだったんですか。お兄さんも偉いですね」
「けど親父さんも普通のサラリーマンでそこそこ稼いでるはずだし、特に金の心配なんざする必要もないと思うけどな。それより眠いわ、少し寝る」
なんか昨日から色々あり過ぎたせいか疲れが抜け切らず、更にベッドの柔らかさのせいもあってか急に眠気に襲われた。まだ少し時間もあるし、ゆっくり仮眠を取るのもいいだろう。どうせ職員室に戻ったって教頭に嫌味を言われるだけだからな。
「あー、いいなぁ」
「寝たきゃ勝手に寝ればいいだろ」
「いいんですか? えへへ、それじゃ失礼します」
と。織姫はそう言って嬉しそうにいそいそ俺の隣に横になる。
近い。近すぎる。当たり前だがベッドは一人用だ。そこに二人寝るということは、必然的に距離も近くなるわけで。胸がでかくて薄着で白衣の無防備なむちむち女が横に寝ている、もうそれだけで眠気なんか吹っ飛ぶ。
「な、なんで俺の横に寝るんだよっ?」
「添い寝、です」
嬉しそうに笑って、織姫が俺の体をそっと引き寄せる。
本当にコイツは何を考えているんだ? いくら見た目が子供でも中身が四十過ぎのただのオッサンだってわかってるはずだろうに。それとも見た目が子供ならそんなこと気にならないのか。
と―――織姫は俺の背中を子供にするように優しく撫で始め、囁くような歌声で子守唄を歌い始めた。
ふざけんな、馬鹿にしてんのか。
と思ったけど、悔しいかな、その歌声と背中を撫でられるのが心地よく、すぐに俺は眠りに落ちていく。
そういえば―――誰かにこんなふうに優しく歌を歌ってもらうなんて、人生で初めてのことかもしれない。今までに一度だって、優しく撫でられたことも子守唄を歌ってもらったこともなかった。
優しくて、温かくて、心地よくて……できるならずっと、こうしていたいと思う。
「……もうすぐ、授業始まっちゃいますよ」
「……ああ、そうだな……」
こんなに心地のいい眠気は初めてだ。
俺は生まれて初めて感じる優しい温もりの中で、まるで赤ん坊にでもなったような心地で目の前の二つの膨らみに顔を埋めた。そんな俺を拒みもせず、織姫は優しく俺の頭を撫でてくれる。
心地いい。
まるで優しさの塊に包み込まれているように、心が満たされている。
なんだろう、この感覚は。
まるで、本物の子供になっちまったみたいだ……
「おやすみなさい、先生」
耳元で囁くような声が聞こえた気がする。
眠い。もう、このままずっと眠っていたい……
「はい。起きてください、先生」
織姫の声に俺は目を覚ます。
なんか一瞬しか眠ってない気がするが、もうそんな時間か。
俺はぼんやりする頭で、顔を包み込む柔らかなものの正体を考える。そしてすぐにそれが織姫の胸であることと、自分がそれを求めるようにしっかり掴んでいることに気が付き、恥ずかしさで耳まで熱くなってしまった。
「っぶわぁああああっ?」
俺は慌てて織姫から離れた。
「先生、すごくかわいかったですよぉ?」
えへへー、と子犬でも見るような顔で俺を見つめ、胸に顔を埋めて熟睡する俺の寝顔の写ったスマホを見せてくる。
「うあわおあああああああ! やめろ、なに撮影してんだよっ?」
「だってかわいかったんですもん」
「ふざけんな、消せっ」
「だめです、これだけはだめですぅっ」
「あーもーっ!」
「それより先生、もうすぐ授業始まっちゃいますよ」
「その前にそれ消せっ」
「こ、これだけはだめですうっ」
織姫は慌ててスマホを後ろ手に隠す。
「お前な……」
「そ、それより早くしないと授業始まっちゃいますよ」
「別にサボったっていいよ」
「だめですよ、ほらっ」
織姫は俺の顔を両手で包んで引き寄せると、躊躇いもなく唇を奪った。
体が燃えるように熱くなり、心臓が大きく脈打つ―――子供だった俺の体はあっという間に素っ裸の中年オヤジに戻った。そして案の定、そんな俺の姿を見て、美月は真っ赤になって悲鳴を上げて顔を覆ってしまった。
「お前、馬鹿なのか?」
「し、失礼ですっ! ちょっとやっぱり大人の男の人の体に慣れてないだけですっ」
真っ赤になりながら織姫は叫ぶ。
まあ、子供に対しては余裕ぶってるが、実は男慣れもしてなきゃ大人相手に余裕なんて全くないのは見ていてよくわかる。だが、いくら子供の姿をしているとはいえ中身は四十過ぎの男だって考えりゃわかるだろうに。
俺は呆れながら服を着替えたが、その間も織姫はあわあわあわあわ言い続けていた。