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 一体いつまた子供に戻るかわからなくて不安だが、応仕事だし授業はしなくちゃならない。本当は休みたいところなんだが、織姫がうるさく説教してきたのであきらめた。

 ちなみに俺の担当教科は歴史だ。ガキの頃から暗記だけは得意だったから、さして興味もなかった歴史の授業でも常に百点を取っていた。逆に数学はというと、これは悲惨なもので、逆に中学校でも同じクラスだった銀河大空は数学も理科も物理も常にトップクラスだった。もちろんその当時から気味悪がられていたが、本人は全く気にする様子はなかった。

 ……その銀河大空を野放しにして天才だと持てはやした大人達の罪は大きい。

 周りがもう少しきちんと監視しとけば俺は子供にならずに済んだかもしれないのに。

 なんて愚痴を零したところで現状が変わるわけでもない。とにかく今日は、大空の野郎をとっつかまえて、とっとと薬を渡してもらおう。それしか解決方法はない。

「先生、お体、大丈夫ですか?」

「あ? ああ、今んとこはな」

 通勤ラッシュに揉まれながら、俺はなんとか返事をする。

 俺の家は学校に近いからいつもバイクで通っていたが、コイツはいつもこんな満員電車に揺られてんのか。こりゃ、一苦労だな。なんて考えていたら、急に織姫がびくっと体を震わせた。なんだ、と顔を見てみると……目に涙を浮かべ真っ赤な顔をして、恐怖と恥ずかしさにに震えていた。

 予想通りだな。

 俺は呆れ、ゆっくりと視線を動かす。

 そして―――見つけた。織姫の尻を妖怪みたいにねっとり撫でまわす気持ちの悪い手を。

「おいこら、なにやってんだよ」

 織姫の尻を撫で繰り回すごつごつした手を掴み、自分の方へ引き寄せる。人ごみの中からぬっと顔を出したのは、五十代くらいの脂ぎったサラリーマンだった。そいつは真っ青な顔をし、動揺しまくって視線をあちこちに泳がせている。コイツにも仕事と家庭があるんだろうに、情けないやら恥ずかしいやら哀しいやらで俺はなんとも言えない気持ちになった。

 とりあえず次の駅で降りて駅員に突き出しておいた。

 おっさんは泣きながら「ごめんなさい」を繰り返すばかりで、見ていられなかった。

「あ、あの。ありがとうございます、先生」

 駅員に事情を説明し終えた俺らは再びホームに戻り、電車を待った。

 早めに出たから遅刻することはないが、それでもギリギリになりそうだ。まあ俺はいつもギリギリなんだが。

「まさかお前いつも痴漢にあってんのか?」

「いつもじゃないですっ。ただ、よくあいますけど……」

「まあ、そりゃそうだろ」

 俺は呆れ、織姫の今日の服装を足元から眺めてみた。

 季節は六月。織姫は露出こそ控えめだがそれでも体のラインが強調されるような服を着ている。満員電車の中でこんな女が乗ってたら、そりゃあ、変態親父もその薄汚い触手を動かさざるを得なくなる。もちろんまともな人間は動きそうになる触手を必死に抑えることができるんだけどな。

「あ。先生、みてくださいこれ」

 と織姫は急に、壁の広告を指差した。そこには『星ヶ丘市ローカルアイドル募集』と書かれていた。ローカルアイドル、そういえば最近よく聞くが、これがなんだってんだ。

「知ってます? うちの学校でもこのオーディション受けるってこが何人かいるんですよ。もしうちの学校から将来トップアイドルになるような子がでるかもしれませんよね」

「そんな平均以上の顔面の奴なんかいるか?」

「なんてこと言うんですか、うちの学校の子達はみんなかわいいです!」

「それともお前がやってみたいのか?」

「ち、違います! まったくもう、からかわないでください」

 織姫は真っ赤になってぷんすか怒る。

 まあ、もうアイドルなんて歳じゃないだろうけど。そういえばコイツ、何歳なんだ? 見た感じは二十代前半だが、もしかするともう三十超えてたりすんのかな。

「なあ、それよりお前何歳なんだ?」

「女性に年齢を聞くのは失礼ですよ? ……今年で二十三歳になりました」

「若いな。アンタぐらい若くて美人ならいくらでもお相手いるんだろ」

「せ、先生! さっきからセクハラ発言ばっかりですよっ?」

「悪い悪い、ちょっとからかっただけだよ」

 俺が軽く笑ってそう言うと、織姫は頬を膨らませて怒った顔をした。その顔は見た目と違い子供っぽく、二十三歳という年齢を考えても幼いものだ。っていうか、コイツ俺にセクハラだなんだって言うが自分から積極的に一緒に風呂に入って体まで洗って、今朝は嫌がる素振りもなく俺とキスしたよな。

 女心は複雑っていうが、本当だな。

「ほら、もう電車来ますよ。行きましょう」

「はいはい。また満員電車ですし詰めかよ……」

 俺はため息を吐き、歩き出そうとする。

 が―――また、発作が起きた。急に心臓がドクンと大きく脈打ち、体が急激に熱を帯び始める。そして呼吸が苦しくなり、体中から汗が噴き出す。

「お、織姫……待て」

 俺より二歩ほど先を歩く織姫になんとか手を伸ばし、なんとか腕を掴む。不思議そうに振り返った織姫は俺の様子に気が付き、ギョっとして体を支えてくれた。

「大丈夫ですか、先生っ」

「ヤバイ、また子供の体に……」

「えええええ! こ、こんな所でですかっ?」

「どっか、どっか物陰に」

「も、物陰って―――」

 だが運悪くとうとう電車が到着し、ぞろぞろと人が降りてくる。

 と。織姫は俺の頬に手を添え、そして―――人ごみの中で、思いっきり俺に口づけをした。通勤ラッシュの人ごみが、わずかにどよめいたように思ったが気のせいか。いや、何人かは歩く速度を緩め、驚いた顔をしたり汚い物をみるような目を向けていたりする。まあ、朝っぱらから赤の他人のキスシーンなんぞ見せられたって嬉しくもなんともないだろうし、嫌悪感を抱きもするだろう。しかも非リア充にゃ憎しみの対象でしかないかもしれないしな。

 織姫は俺の発作が完全に収まるまで続けてくれるようで、両腕を首にまわして体をくっつけてきた。そのお蔭かどんどん発作が治まっていくのがわかったが、逆に体の熱は抜けてくれずにいる。

 こんなに体を密着されると、当然のことだが織姫の大きな胸が体に押し当てられ、そのせいで余計に体が熱くなっていく。なんかもう、このまま抱きしめても文句は言われないよな。と、俺はゆっくりと、背中に腕をまわしてみた。少し力を入れると織姫の体がぴくっと動いた。

 そうして織姫はようやく、俺から唇を離した。離れてくのが少し惜しかったが、そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。

「あの。発作は治まりましたか?」

「お、おう。治まったけどよ」

 腕の中の織姫を見下ろす。

 織姫は頬を真っ赤に染め上げ、優しさと安堵の混ざった眼差しで俺をじっと見つめてくる。俺はなんだかそれが凄く恥ずかしくて、思わず舌打ちをして顔を逸らした。

「よかった。一時はどうなる事かと思いました」

 織姫は笑顔を見せたが、すぐに何かに気付いて顔を真っ赤にしてモジモジし出す。

「え、えーと。先生、その……早く学校に行かないと」

 俺がまだ織姫を抱きしめたままだということに気付いたらしい。

 いや、あんなキスしといて今更そこを恥ずかしがる意味が分からないのだが―――女心ってのは、複雑なんだな。それともアレは致し方なくやったことだから気にするようなことではないのか? よくわからん。

 



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