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 このオーディションは、普通のオーディションとは違って地元星ヶ丘市のホールを使い一般客も招いての一大イベントだ。なにせ睦月京介が審査員なのだ。ここ星ヶ丘市の市長らお偉いさんにとってオーディションよりも『睦月京介がオーディションの審査員を務める』ことが重要なのだろう。それにホールの前にある広場では

 睦月京介が審査員を務めるという話は全国規模で知れ渡っていて、思った通り各地からやって来たファンで客席は埋め尽くされていた。舞台上には地元の女子高生しかいないのに、何故かギラギラ飾り付けたうちわや横断幕を持った女性達が席を埋め尽くしている。まあ、家族席も用意されているらしいので、我が子の晴れ舞台を見れなかったと泣く人はいないだろうからそこは安心だ。

 ちなみに、俺と織姫は、ちゃっかり家族席に座っている。事前に主催者側が参加者に人数を聞いてくれていたらしく、親父さんだけでなく俺らの分も用意してくれていた。が、その肝心の親父さんがまだ来ていない。今日も仕事らしく、終わり次第駆けつけると連絡があった。

「しっかし、こんなでっけぇホール使ってローカルアイドルのオーディションとはねえ、一体どんなことするんだ? 歌って踊って自己PRぐらいのもんか?」

 俺はプログラムに目を通した。

「自己PR、特技披露、歌……結果発表後、睦月京介の挨拶と市長の挨拶」

「特技、月影さんなにかありましたっけ?」

「さ、さあ。まあ、なんかあるんじゃね?」

「で、ですよね!」

「……ちょっと様子見に行くか?」

「だめですよ、本番が始まったら関係者以外立ち入り禁止なんですから」

「マジかよ……」

「でも、まあ。子供が迷子になりました、って理由なら大丈夫でしょうか」

 と織姫はカバンの中から子供用の服と、随分前に送られてきた、あの薬を差し出してきた。っていうか、なんで持ち歩いてんだよ……

「な、なんでこんなもん」

「いえ。いつなにが起きるかわからないので一応、と」

「んじゃあ、気乗りしないけどちょっくら様子見て来るわ」

 俺はため息をつきつつ席を立った。




 トイレで薬を飲み、細胞の急激な変化に伴う熱と痛みに耐えながらなんとか体を子供へと戻し……いや、変えて、ダッシュで月影のもとへと向かう。途中、警備のオッサンに呼び止められたりもしたが、気にせずひた走った。まあ、捕まっても「ねーちゃんとこ行きたい」とでも言って泣き喚けばなんとかなったかもしれないが、それは、やっぱり少し恥ずかしい。

「確かこっちの方だったよな、控室……」

 と廊下の角を曲がると、「関係者以外立ち入り禁止」の看板が。

 もちろん警備のオッサン二人が看板を挟むように立っている。

 が、そこは、この姿が本当の力を発揮するところだ。

「ん? どうしたのかな、僕? 迷子かな?」

「え、えーと! あのね! お、お姉ちゃんに会いたいんだ!」

「ああ、出場者の家族かな? でもごめんね、もうオーディション始まっちゃったから、入れないんだ。だから観客席でお姉ちゃんのこと応援してあげてくれないかな?」

「やだ! やだ! ねーちゃんに、会いに行くんだあああああああああ!」

 俺、四十三歳。

 両手両足をばたつかせ、今にも泣き出さん顔で喚く。

 警備のおっさんも困り果てている。

「うーん、困ったなあ」

「とりあえず迷子放送してもらうか? 親御さんも心配してるだろうし」

 なんて二人が顔を見合わせて相談しはじめた、その瞬間。

 俺は二人の間をすり抜け猛ダッシュで走り出した。

 幸い、控室はあいうえお順で振り分けられていて。俺はすぐに月影のいる部屋に辿り着くことができた。ちなみにさっきの警備のオッサン二人も大慌てで追いかけてきているが―――俺は素早く楽屋に飛び込み、鍵を掛けた。

「おい、月影」

 ホっと胸を撫で下ろし、俺は振り返る。

 月影は、いた。

 いた……のだが。

 月影を始め、出場者たちがまだ着替え途中で、そう、俺の眼の前には今、十六やそこらの少女達の下着姿がずらりと並んでいる。みんな驚いたような顔をしているが、俺が子供の姿をしているからか、すぐに、

「やだー、かわいー!」

「僕、お姉ちゃんに会いに来たのかな?」

「迷子かな、かわいー!」

 わらわら集まって来て、俺の前にかがんだ。

「あっ……いや、ええと!」

 どうしたらいい。

 どうしたらいいんだ。

「おおおい、おいっ……つきかっ……」

「まったく。なにやってるのよ、ホラいくわよ」

 呆れた顔してため息をつき、俺をひょいと抱き上げ下着少女の群れから救ってくれる月影。よかった、と胸を撫で下ろして無意識に頭を体にもたせ掛けた。と、そこで、気が付いた。その月影もまた、着替えの途中であることに。

「って、おわあああ! おま、服!」

「勝手に入って来てなに驚いてるのよ。ほら、座って待ってなさい。すぐに着替えるから」

 そう言って月影は、俺を近くの椅子に座らせた。

 で、服を着替えている間にも下着姿の女子高生たちがわらわら集まって来て、あまりに刺激的―――いや、教師と言う立場上、見ちゃいけない光景を目の当たりにして硬直している俺の頭を撫でたり頬を突っついたりしながら「やだあ、照れてるのかなあ? かわいーーー!」とほざく。

 まずい。

 まずいだろう。

 俺は、四十過ぎた、しかも教師なんだぞ。

 いくら姿が子供とはいえ、この状況は流石に――

 なんて考えていたら、

「ほら、行くわよ」

 と、月影が俺をひょいと抱き上げた。

「ごめんなさいね、この子、うちの親戚なのよ。探検ごっこが好きで、新しい場所に着たらいつもこうやって勝手にうろちょろしちゃって。ごめんなさいね、迷惑かけちゃって」

 と一応それらしい理由をつけて謝り、部屋を出て行く。





 月影に抱かれたまま、人気のない場所にやって来た。

 周りには掃除用具や資材なんかが乱雑に置かれていて、少し埃っぽい。

「まったく、なにしてるんですか。まさか子供の姿を利用して覗きにでも来たんですか」

 月影は呆れた顔して俺を見下ろしている。

「んなわけねーだろっ?」

「冗談よ。私の事、心配になって様子見に来たんでしょう」

「わかってんならっ」

「一ヶ月、私は努力してきました。だからなにも心配なんていりません」

「けど。歌もダンスも特技も、なにもないんじゃないのか? よく考えたら俺はお前にハッパかけただけだし、織姫は化粧とか服とかのアドバイスだけで」

「十分ですよ」

 と、月影は人差し指で眼鏡を押し上げる。

「歌は一人でカラオケ行って必死に練習しました。特技は、そうですね、まあ見ていてください」

 強がり、というわけではなさそうだな。

 というか、なんか、自信たっぷりに腕を組んでふんぞり返るその姿から、今まで感じたことのない気迫を感じる。俺が心配する必要なんて全くなかったのか。

「というわけで。先生達は観客席でじっくりと私の勇姿を見ていてください」

「お、おお。わかった」

 心配なんて必要なかったのだ。

 この一ヶ月、こいつは、睦月京介に会うためだけに必死に努力した。

 睦月京介に―――いや、兄に会いたい、文句を言ってやりたい、その強い想いが月影を成長させたんだ。今、俺達がすることは、観客席で月影の勇姿を見守る事だ。

「……先生」

 と月影が俺をひょいと抱き上げる。

「安心しな。ちゃんと見届けてやるよ、お前の勇姿」

「ありがとうございます」

 そう言って月影は、俺をぎゅっと抱きしめる。

「先生。私がここまで来れたのは、先生のお陰だと思っています。もちろん、昴先生も。だから、私は自分のためだけじゃなく、先生達のためにも頑張りたい」

「月影……」

「というわけで。観客席で応援しててください」

「わかった、ちゃんと見ててやるよ。だから、頑張れよ」

 例えどんな結果になろうとも、コイツが努力したという事実は変わらない。

 だから俺は最後の最後まで、見守ってやる。

 もしダメでも。それでコイツが泣いたなら、それでも俺はずっと、ずっと見守ってやる。

 そう。どんな結果になろうとも―――

「信じてるよ。今のお前なら大丈夫だってな」

 だから俺は、頭を撫でてやる。

 今の俺は子供だ。手なんか小さくて。まだぷにぷにしてて、でも、精一杯乱暴に力強く撫でてやった。お蔭でセットした髪が乱れたが、気のせいか月影は少しだけ笑っているように思えた。

「先生。そういえば」

「あん? なんだよ」

「もし、合格したら。本当にアイドルになれたら。ご褒美、くれますか」

「褒美ぃ? 贅沢な奴だな、いいぜ何が欲しい?」

「……考えときます」

「おう。あんま高価なもの強請るなよ」

 なんて笑って、またぐしゃぐしゃ頭を撫でてやる。

「……そろそろ、戻りますね」

「ああ、そうだな。俺も戻って織姫に……元の姿に戻してもらう」

 元に戻る、ということは織姫にまたキスしてもらわなきゃならないってことだが、毎度のことながらやっぱり照れくさい。なんて思っていると、月影は何故か呆れた顔をして俺を見た。

「なんだよ」

「いえ。先生って昴先生と一緒に暮らしてて、大人に戻るためのキス以外してないんですか」

「んなっ……ななななななに、なに言ってんだよ子供がっ」

「その子供の体見て真っ赤になってたの誰です」

「ううううるせえ!」

「で、どうなんです」

「な、なななな何もあるわけねーだろっ? そそそ、それ以上になると、なんだそのっ……アイツとそんなことになるわけないだろっ?」

「ちょっと聞いてみただけです」

「なんで急に聞くんだよ焦るだろ……」

「さ、先生も帰ってください。私も戻りますので」

 と月影は俺をおろした。

「あ、ああ」

 急に変なことを聞かれ、無駄に焦ってしまった。

 いい歳した男と女が一か月以上も一つ屋根の下で暮らしてて何もなになんて、普通は信じられないことなのかもしれない。俺だって毎晩、隣で眠るあのむっちむち美人に手が伸びそうにならないわけじゃない。が、そこはもう、堪えるしかないんだ。そう、堪えるしか。

 とそこへ、

「あ、先生! いたあ!」

 息を切らしながら、織姫が走って来た。

 右手で抱えているのは、俺の服だ。って、そういえば俺、そのまま男子トイレの個室に置き去りに来たんだったか。それをなんでアイツが持ってるんだ?

 なんて色々疑問に思っていると、

「よかったあ! なかなか帰って来ないから心配して探してたら、掃除のおばちゃんが先生の服をゴミのカートに引っかけて歩いて来るのが見えたんで返してもらったんですよ? まあ、忘れ物として届けるつもりだったみたいですけど」

「あー、悪い」

「月影さんのお父さん来られましたから、早く元の姿に戻っちゃいましょう」

「……それじゃ、私はもう行きますね」

 月影はそう言って、去ってゆく。

「月影! 頑張れよ! 応援してるからな! 俺も! 織姫も! お前の親父さんも!」

 月影は小さく振り返って、そして、ほんのわずかに口の端に笑みを浮かべた。

 



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