28
そして、朝が来た。
俺が目を覚ますと、なぜか両脇に織姫と月影が寝ていた。
俺の腕をしっかりと胸に抱き、体を密着させている。
なんだこの、アホみたいなハーレム展開は。
「な、なにが起きたんだよ……?」
「あ、先生おはようございます」
織姫がえへへ、と笑い、
「……やっと起きましたか、寝坊助ですね」
とっくに起きていたらしい月影が冷静な目でじっと俺を見てくる。
「お、お前らなにやってんだよ……暑苦しいんだが」
「熟睡してたので、まだ少し時間があるので一緒に寝ようかと思いまして」
「……そろそろ起きないとオーディションに間に合いませんよ」
「いや織姫はともかくとして月影、お前はダメだろっ?」
「……別に。意味は特にありませんが、織姫先生がしたので私もしただけです」
「だからってな、お前は子供なんだぞ。ったく、ホラとっとと起きろ。っつーか、離れろ二人とも」
織姫はもう大人だし、同僚だから問題はない。
だが月影は、まだ子供だし俺の教え子だ。
教え子―――なんて言うとマトモな教師っぽいが、まあ、事実は事実だ。親御さんの許可があるとはいえ、織姫もいるとはいえ、一緒の部屋で寝るだけでも多少問題はあるだろうに。
「安心してください、朝食はもうできてますから。実はいつまでも寝ていたのは先生だけでしたー」
起き上がり、手をパチパチと叩く織姫。
「いつまでも起きないので、少し驚かそうと思っただけです。先生こそ早く起きてください」
月影も起き上がり、眼鏡をかける。
よく見ると二人はもうとっくに服を着替えていた。顔も洗って髪も梳いていて、ベッドの上に二人分のパジャマがきちんと畳んで置かれている。そしてローテーブルには味噌汁とご飯と卵焼きが並んでいて……織姫は「さ、顔を洗って来てください。食べるの待ってますから」と言って月影と一緒に席につく。
なんか、そんな光景が、こんな朝が少しだけ嬉しかった。
一人じゃない朝。目を覚ましたら、誰かがおはようと笑ってくれる、そんな朝―――
でもやっぱり照れくさくて、俺は少し不機嫌な顔をし、腹をボリボリ掻きながら洗面所に向かった。
それから三人で朝食を食べ、そして、会場へと向かった。
この一ヶ月で、月影は変わった。
最初は全く化粧っ気がなくて幼さがあった顔が、織姫に教えられてメイクを学び、ほんの少し大人に近づいた。
大人と子供、少女と女性、その狭間にいる月影の姿はどこか美しくどこか儚く触れれば夢か幻のように消えてしまいそうな気がした。なんて俺が言うのは気持ち悪いだろうが、だが、時々本気でそう感じる。
少女でも女性でもない、そのほんの僅かな隙間にある淡く煌めく光の中に立っている―――そんな気がしてしまうのだ。それを感じたのはこの一ヶ月の間だ。目の前でどんどんキレイになっていく月影の姿を見ていると、さなぎが蝶になる瞬間をスローモーションで見ている時にも似た感動と共に背徳感のようなものを感じていた。
それも全て睦月京介……いや、月影凜太郎に会うためだ。
そして今日。全てがここで決まる。
「それじゃあ、月影さん。観客席で応援してるから、頑張って!」
「……はい。必ず、優勝して見せます」
「うん! その意気だよ!」
俺達は会場となる白羽大ホールのロビーで、決勝前の最後の挨拶を交わした。
月影の表情は至って冷静だが、内心は緊張しているんだろう。だがそれを言葉にも表情にも出さないのが、いかにもコイツらしい。
「それでは、私は控室に行きますので」
月影はぺこりと丁寧に頭を下げると、控室に向かって歩き出した。その両手にはこの一ヶ月、織姫と月影が選んで選んで選び抜いた服が入っている。このオーディションでは見た目はもちろんファッションセンスも問われる。
「ところで織姫」
「はい、なんでしょう?」
「ローカルアイドルのオーディションだけどよ、アイツ歌は練習したのか?」
ふと気が付いて聞いてみた。
だが織姫からの返事はない。
まさか、と嫌な予感がしてチラっと織姫を見れば―――案の定、青ざめた顔で笑顔を固まらせていた。
やっぱりだ。この一ヶ月、月影は確かにキレイになった。
体型を引き締めるためのエクササイズ、ファッションセンスを磨くための勉強、化粧の練習、色々してきたのは見ていたが肝心の歌の練習をしていなかった。これは織姫だけを責められることじゃない、俺だって今の今まで気づかなかったのだから同罪だろう。
「ど、どうするよ……?」
「ど、どうするって……と、とりあえず観客席で応援しましょう! きっと他の子達だってカラオケレベルですよ!」
「だったらいいんだけどよ……」
ここまて来て、一気に不安が強くなった。
一か月頑張った姿を見てきた。だから月影なら大丈夫だと信じている。
そう、月影なら……今ホールで家族や友人と喋っている出場者らしき少女らと比べても充分に素質はあるだろう。だが、肝心の歌はどうだ。アイツが受けようとしているのはローカルアイドルのオーディションだ。
なのに。
肝心の、歌を、練習し忘れた。
「ほ、本当に……大丈夫だろうな……?」
「き、きっと大丈夫ですよ! 信じましょう!」
真っ青な顔をしたまま、織姫はカクカクカクカクとヘッドバンキングの如く力強く頷く。
ダメだとは思いたくない。けど、見えた希望が薄らいだのは確かだった。
「月影……」




