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 病院―――

 校長に連絡し、救急車で月影を病院まで運んでもらった。

 レントゲンやCTを撮ったが特に異常は見られなかった。打撲と擦り傷や切り傷が目立ってはいたが骨に異常はなく、大事をとって一日入院することになったが翌日には退院できるらしい。俺はホっと胸を撫で下ろしたが、だが、ベッドに横たわる包帯とガーゼだらけの月影を見ると、自分に対し怒りや情けなさのようなものが込み上げてくる。

 俺は深いため息を吐き出しながら、丸椅子に腰かけた。

 病室のベッドに横たわった月影の表情は、いつもと変わらない。冷静と言うか無愛想と言うか、そんな顔でジッと天井を見つめている。

「なあ、月影。なんだ、その……悪かったな」

「なんで謝るんですか。あの子にツバを吐きかけたのは私です」

「いや、そうじゃなくてよ。なんつーかよ、こんなことになることぐらい予想できたはずなのに」

「気持ち悪い」

「は?」

「先生がそんなふうに謝るの、気持ち悪いです」

「お前な……」

「謝る必要なんてないです。むしろ私は感謝しているんですから。あんなに必死に走って駆け付けてくれて、あんなに本気であの子達に怒ってくれて。正直、先生の事もっとやる気のない人だと思ってました」

 そう言われ、俺は少し恥ずかしくなった。

 確かにあの時は無我夢中で廊下を突っ走ったし、尾之上にブチ切れて柄にもなく説教ぶちかました。冷静になってみて、その行動は間違いではなかったと思いはするが、思い出すとかなり恥ずかしい。あんな台詞、今までの人生で一度だって吐いたことはないかもしれない。

「あー、いや。あれは」

「先生。私、オーディション受けようと思います」

「……それは俺への礼とか言うんじゃないよな。そんなんだったら」

「違います。確かに感謝はしているけれど、そんな理由じゃありませんん」

「じゃあなんで急に」

「自分でコイツは合格するだとか保証するとか言ったくせに、覚えてないんですか」

「あー、そういや言ったな……」

「嬉しかった」

 と。月影が、小さく、ほんのわずかにだが、口の端に笑みを浮かべた気がした。そんな表情を今までに一度だって見たことがない俺は、驚いて思わず息を呑んだ。

「もう一度だけ頑張ってみようと思います。頑張って合格して……兄のいる場所に立ってみせます」

「……ああ、そうだな」

「だから、また協力してくれますか」

「わかった。なんでもしてやるよ」

 絶対に。絶対に、合格させてやる。

 絶対に。絶対に、睦月京介と同じ場所に立たせてやる。

 そんな気持ちが胸にこみ上げる。なにも言わず月影の頭を撫でると、また、ほんの少しだけ口の端に笑みを浮かべた。それはほんの小さな笑みだが、今は、はっきりとわかる。それが月影凜子の笑顔だと。

「だから、今はゆっくり休んどけ」

「言われなくても休みます」

 と、月影が俺の手を握る。

「なんだよ、行ってほしくないのか?」

 ニヤっと笑ってそんな冗談を言うと、

「傍にいて欲しい」

 言って、俺の手を自分の頬に触れさせた。

 って、おいマジか?

 いやいやいやいやいくらなんでもそれはマズイだろう―――

「冗談。本気で焦らないでください、気持ち悪いですよ」

「お前な……」

「でも。安心するのは本当」

「あ、安心?」

「本当はね。兄に怒ってくれた時も嬉しかったの。お礼、言いたかった。だけどすっかり人が変わってしまった兄のことがショックで何もかも嫌になった。なにもかもどうでもいいって、あんなやつ知らないって。だけどやっぱりもう一度、ちゃんと会って話したい」

「……そっか」

「……先生が勝手に保証人になっちゃいましたからね」

「忘れていいぞ、それは」

「いい。忘れないでいてあげます。先生は私の夢の保証人だってこと」

「恥ずかしい言い方するなよなあ……」

「事実です。それより少し眠い。昴先生が家で待ってるんじゃないですか、早く帰った方がいいと思いますけど」

「真っ直ぐ帰れやしねーよ。今回の件も校長にきちんと報告しなきゃなんねーしな。まあ織姫が話てくれてはいるだろうけど、担任の俺からも話しなきゃだしな」

 なんだか俺まで眠くなってきて、思わず大きな欠伸が出た。

 よっこらしょと立ちあがり、もう目を閉じた月影の顔を見る。今は腫れててガーゼを貼っているが、それでもやっぱり可愛らしい。尾之上達は化粧をしているが、コイツは化粧なしでこの顔だ。やっぱり、合格の可能性はあるだろう。

 なんて考えながら、俺は月影に背を向け歩き出した。

「……ありがと、先生」

 かすかに声が聞こえたような気がしたが、振り向いて確認してみても月影はぐっすり眠っていた。俺も少し疲れたんだろう。今日は報告が終わったらとっとと家に帰って飯食って寝るか。




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