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「―――月影!」
屋上の扉を蹴り開けると、尾之上達が驚いた顔してこっちを見た。
月影は……三人に囲まれ、ずぶ濡れになって横たわっている。俺を確認するため顔をこっちに向けることもなく、ピクリとも動かない。
「月影さん!」
織姫が悲鳴を上げて月島に駆け寄る。
ヤバイ、と言いたげな顔で尾之上達は俺から目を逸らしている。
「お前ら、月影になにした」
「べ、別に? っつか、コイツがアタシの顔にツバ吐きかけたのよ?」
尾之上が引きつった顔で言うと、山内が
「そ、そーよ。この子、アタシらにナマイキな態度だったし」
「そうだよ。この子、こんな田舎娘のクセにオーディション受けるとか言うしさ、だから無理だって言ったのよ。そしたら尾之上さんにツバ吐きかけちゃってさ、信じられない」
田中は悪びれるふうもなく、しれっと言ってのける。
「だから、なんだよ」
俺はゆっくりと、三人に近づいてゆく。
三人は怯えた顔で後ずさりする。
今まで「ヤバイ」としか思ってなかった三人の顔色が、明らかに違う。俺はそれだけ、怒りに染まった顔をしているのだろう。
「月影……」
月影を抱き起した織姫の後ろに立つ。
ずぶ濡れの月影の顔は真っ赤に腫れ上がり口の端は切れ、額には『ブス』と油性マジックで殴り書きされている。髪の毛も半分ほど切られ、服のボタンも引きちぎられ、下着が露わになっている。そして胸には『勘違いブスw』と油性マジックで殴り書き……めくれ上がったスカートから覗く太腿には『男募集』や『淫乱ブス』などと書き殴られている。
織姫は泣いている。
唇を噛みしめて、肩を震わせて、眉間に深いシワを刻んで。
「酷い。なんで、なんでこんなことできるの……」
「だ、だから! その子が先に手を出したから、身の程知らずだから―――」
尾之上がこの期に及んで言い訳をしようとする。
「だからどうした」
思わず怒りのあまり声が震える。
尾之上達は息を呑み、また、後ずさりする。
「お前らはコイツの気持ちなにも知らないだろうが! コイツがどんな気持ちで決意したのか、なにも知らないだろうが! コイツがどんな気持ちで織姫んとこ来たのか、なんも知らないだろうが! お前らにコイツを笑う資格があんのか! 見た目ばっかりチャラチャラ着飾ったってな、お前らはなんも可愛くねーんだよ!」
一歩、尾之上に近づく。
尾之上が、恐怖の張りついた顔で一歩、後ずさりする。
「どんなにクソみたいに偉い人間でもな、人の夢を笑う権利なんてねーんだよ! 夢があるってことはな、そこにはソイツの想いがいっぱい詰まってんだよ! だからな、笑って否定して、殴って傷つけて……そんなこと誰もしちゃいけねーんだよ! していいはずねーんだよ! 許されるこっちゃねーんだよ!
俺が一歩近づくほどに、尾之上が後ずさりする。
とうとう尾之上はフェンスにまで追いつめられ、ガシャンと音を立ててフェンスに背中を張り付ける。絶対に、逃がさない―――俺は金網が歪むほどの力でフェンスに手を付き、尾之上を睨んだ。
「なあ? お前、本気で自分のこと可愛いと思ってんのか? アイツ殴って水ぶっかけて体に誹謗中傷殴り書きして、その時の自分の顔がこの世で一番可愛いと思ってんのか?」
尾之上は震えている。
後ろで田中と山内がすすり泣く声が聞こえてきて、いっそう不愉快な気分になる。
「なあ。答えろよ。答えてみせろよ」
恐怖に張り付く尾之上のアゴを鷲掴みにし、鼻先がくっつくほど顔を近づける。
涙でマスカラが滲み、つけまつげが取れかけていて、とても可愛いとは言えない顔になっている。
「なにも言えねえのな。三対一で女一人甚振ることはできても、一対一で男相手にゃ声も出せねえ。情けねえ話だよ」
「こ、こんなこと。教育委員会に訴えたら……」
「だからどうした。言いたきゃ言えばいいだろ。そんなもんにビビってテメェの生徒一人も守れねえでなにが教師だ」
謝るどころか教師を脅す。
どうやったらこんなクソガキが育つのか、俺は内心呆れていた。
「―――覚えとけ。アイツは合格する。合格して、アイドルになる。俺が保証してやるよ」
俺は乱暴に尾之上の顔から手を離し、月影のもとへ向かう。
と。月影が薄らと目を開け、俺を見ていた。
「大丈夫か月影」
「先生、私……オーディションに出る」
弱々しい声で月影が言う。
まさかそんなことを言うとは思っていなかったので、俺は驚いた。織姫も泣きながら驚いた顔をしている。
「勝手に保証人になられたものね、仕方ないわ」
「もういい、喋るな。保健室に行くぞ」
月影を抱き上げ、三人に一瞥をくれることもせず、俺は歩き出す。
三人はもう何も言わない。ただずっと、すすり泣く声が聞こえているだけだった。




