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「というわけで。今日から先生は私の家で預かりますね」

 保健室に戻った織姫は、俺を抱っこしたまま、嬉しそうに言う。

「一人で暮らせるから大丈夫だよ」

 苛立たしげに舌打ちしてみせたが、織姫は譲らない。

「でも先生? その背の高さだと自分で食事の用意もできませんし」

「食事はいつもコンビニ弁当だ」

「だめです、体に悪いですよっ! ちゃんと栄養のあるものを作ってあげますからね?」

「コンビニ弁当に野菜ぐらい入って」

「いーから、これは命令です」

 め、と織姫に額を小突かれてしまった。

 俺はガキか。いや、まあ見た目はガキなんだが……

 まあこれ以上なにか文句を言っても押し切られるだろうし、確かに一人で暮らすにはこの姿じゃ不便すぎる。酒を買いに行くにしたって、絶対に売ってくれないだろうしな。煙草だって同じだ。自分で買えないなら織姫に買ってもらうしかない。

「わーったよ、ったく」

「それにしても、どうやったら元の姿に戻るんでしょうね」

「さーあなぁ」

 どうせロクでもない方法なんだろう、と、今はそれしか考えられなかった。





 結局その日は体調不良で早退ということにして、放課後までずっと保健室で寝ていた。

 そして授業が終わり、生徒も職員も帰った頃、織姫に連れられて家へと向かった。

 織姫の家は広めのワンルームマンションで、女の子らしいインテリアですっきりまとめられている。俺の家はと言うと四畳半一間のボロアパートで競馬の雑誌やコンビニ弁当のかすで部屋が埋め尽くされていて、自分以外の人間が入る余地もない。まあ、実際、わざわざ家に来るような友人もいないのだが。

「好きに使ってくださって構いませんからね」

 織姫が優しく微笑む。

「お、おお。まあ、ゆっくりしてやる」

 今まで女性と付き合ったことがないわけではないが、あんまり長続きしたことはない。どれも別れた理由は同じく『自分勝手』だからだそうだ。まあ、そりゃそうだ。女はいつも行事にうるさく、バレンタインだのホワイトデーだのクリスマスだの海の日だのいい夫婦の日だの初めて付き合った記念日だのと細かく、こっちも面倒くさくなってしまう。だからイベントごとを無視したくなるし、そうすると、勝手だとわめかれ泣かれて破局する。

 思い出すだけでも面倒だ。

 とはいえ四十三年生きてきて、付き合ったのは三人程度だ。長くて二年、短くて半年、酷いのは一週間で逃げられた。

 だから実質、そんなに女に免疫があるわけじゃあない。付き合ったのだって殆どなりゆきでこっちからどうのこうの頑張ったわけじゃない。

 そんなことを思いだしつつ俺はとりあえずベッドに腰掛けた。

「あ。先生、今日の晩ご飯はオムライスですけどいいですか?」

「な、なんでもいーよ別に」

「わかりました。じゃあ、ちょっと待っててくださいね」

 そうして織姫は笑顔で台所に向かった。



 織姫の作ったオムライスはコンビニ弁当より遥に美味しかった。まあ、当たり前なのかもしれないが……正直、俺はこれまで手料理というものを食べたことがなかった。そんな機会がなかったのもそうだが、作ってくれる人がいなかったのも大きな理由だ。恋人だった奴も「やーん、料理苦手~きゃはっ」とか抜かすような奴だったので、もっぱら安いファミレスで食事を済ましていた。そうしたら「女の子の気持ちをわかってくれない」とブチ切れられてふられた。

「美味しいですか、先生?」

 突然声を掛けられて俺はむせ返った。

「すいません、大丈夫ですかっ?」

「うるせえ、急に声かけんなっ」

「ご、ごめんなさい。だっておしゃべりしながらお食事した方が楽しいかと」

「楽しくねえよっ!」

「そんなことありません、楽しいですよ!」

 織姫は真剣な顔して訴える。

 全く面倒くさい、と俺は舌打ちをする。

「っつーかよ、お前なんで俺の世話なんかする気になったんだよ。なんもでねぇぞ。むしろ借金してんだけどな」

「だって先生、かわいいんですもん。それにその体で一人で生活するのはしんどいでしょう? お買い物だって大変でしょうし」

「まあ、そうだけどよ」

「大丈夫です。ちゃんとお世話して差し上げますから、任せてください」

 織姫はうふふっと笑い、自分のオムライスをすくって俺の口に放り込んだ。

 本当になんで、こんなことに……織姫の行為が気恥ずかしくて、俺はぷいっと顔を逸らした。

「あ。お食事終わったら、お風呂に入りましょうね? 任せてください、隅々まで洗って差し上げますから!」

「あーそう、もうなんでもいいよ。って、風呂っ?」

 いやいや、風呂はさすがにまずいだろう?

 そうツッコミを入れたかったが織姫は食べ終わった皿を回収し、鼻歌を歌いながらキッチンに入って行ってしまった。

「いや。さすがに、冗談……だろ?」



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