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 部屋に戻って風呂に入り、食事を待つ。

 その間も俺はずっと、月影のことばかり考えていた。

 オーディションを受けようとした理由が、睦月京介に会うためだった。その月影の気持ちが俺にはよくわかった。文句のひとつでも言ってやりたかったんだろう、自分がどんな気持ちだったか今どんなに寂しい想いをしているのか、それを知って欲しかったのだと思う。俺だって同じだ、自分を―――そう、自分を棄てた母親に再会できたなら、若い頃なら俺は泣いて怒鳴っていただろう。月影と同じ年の頃なら、な。怒鳴って怒って、文句を言って、それでも期待しただろう。

 けして、自分を嫌いになって棄てたわけじゃないんだと。

 やむを得ない理由があったのだろうと。けれど、突きつけられた現実が期待と大きくかけ離れたものだったら。俺なら、月影と同じことをするだろう。再会するためだけに努力して、だけど結果が望んだものでなかったのなら……何もかもがどうでもよくなり、諦めるだろう。

 だけどアイツは俺とは違う。

 誰にも捨てられちゃいない。まだ立て直せるはずだ。

 だから、このままにしていいわけがない。

「ったく、面倒くせえなあ」

 俺はため息を吐いた。

 そんな俺の視線の先で、睦月京介がテレビで主演映画の宣伝をする爽やかな笑顔を見せていた。殴りたい。よくよく考えたら全部、コイツのせいじゃね?

「はい先生、今日は、ミートソースパスタとデザートに林檎を剥きましたー」

 えへへ、と笑いながら織姫がやって来る。

 俺の横に膝をつきテーブルにパスタを置く。服装は相変わらず、キャミソールにエプロンという露出過多なもの。本人は料理するのに暑いから薄着をしているんだろうが、もう少し自覚してほしい。

 と。俺は、じっと、織姫の胸の谷間を見つめてみた。

「あ、あの先生? えええええっと、あの!」

 俺の視線に気が付いたのか、織姫が両手で胸を隠してしまう。

「いや、そんな格好してるからだろ」

「だってお料理って暑いんですよ?」

 胸を隠していた手をどけて、自分の姿を確認する織姫。

 しかし……こんな時になんだが、コイツの胸って本当に大きいな。いや大きすぎるってわけでもないが、普通ってわけでもない。いい感じに大きいのだ。

 触ってみたい。

 一瞬、そんなことを考えた。

 すると、

「あ、あの。触ってみたいんですか?」

 織姫が恥ずかしそうに聞いてきた。

 そんなこと聞かれるとは思ってなかったから少し驚いたが……否定はしないし、できない。俺はごくりと生唾を飲み込みながら、ゆっくりと、その手を織姫の胸へと伸ばした。触れてみると、むにゅっと、思った以上の柔らかさが俺の手の中に伝わって来た。柔らかく弾力のあるその胸に触れる指に少し力を込めると、織姫の体がぴくりと動いた。

 織姫は耳まで真っ赤になりながら、必死に恥ずかしさを堪えている。

 正直、その姿は妙に可愛らしい。

 と思うと同時、自分がなにか悪いことをしているような気になった。まあ、俺達の関係は特別なものではないし、同居してるのもこの厄介な体のせいなのだ。こんなことがなければ俺達が一緒に暮らすこともなかったし、ましてや、俺もコイツの胸を揉むなんてこともなかっただろう。

「い、いや。悪い……」

 なにやってんだ。

 自分が凄く恥ずかしくなったし、情けなくなった。思春期のガキじゃあるまいし、なんで自分の欲求を抑えられないんだろう。

 ため息を吐きながら手を離す。

 だが。織姫は膝立ちになると、俺の顔をぎゅっと優しく抱きしめた。柔らかな胸が俺の顔を包み込む。

「って、おい!?」

「あ、あの。べべべべ別にこのぐらいなら、嫌じゃありませんから! ダメじゃありませんから! ごごごごご自由にどうぞ!」

「ご、ご自由になんかできるかっ!」

「子供の姿でも。大人の姿でも。私はどちらの先生も……」

「おおお俺は男だぞ! 危機感がないのかよっ」

「先生を危険だと思ったことは一度もありませんからっ」

「そういうことじゃねえ!」

「とにかく、はい!」

 と織姫は俺の顔を更にギュッと抱きしめる。

 柔らかい、気持ちいい……俺は思わず織姫の体に腕をまわした。

 織姫が、優しく、俺の頭を撫でる。

 今は大人の体のはずなのに、まるで子供に戻ったみたいな気分だ。正直、恥ずかしい。けど妙に心が満たされる。別に変な意味ではなくて、織姫の優しさ……母性みたいなもんだろうか、それが俺を包み込んでくれるのがわかるからだ。

「先生、気持ちいいですか?」

 少し照れくさそうに、聞いてくる。

 改めて聞かれると余計に恥ずかしくなる。

「聞くなよ……」

「す、すみません……」

「俺、情けねえよな」

「どうしてですか?」

「大人のクセに赤ん坊みたいに女の胸にしがみ付いて」

「そんなことありませんよ。誰だってそうしたい時はあります」

 くすくす笑って、俺の頭を優しく撫で続ける織姫。

 柔らかな胸も優しい温もりも、頭を撫でられるのも、クセになりそうなくらいに心地いい。男として嬉しい状況、というだけではない。なにか、心を満たしてくれるような、そんな温もりを感じるのだ。

 俺は織姫の背中を撫で、ゆっくりと、エプロンの下に手を滑り込ませた。

 顔を埋めたままキャミソールの上から胸を揉むと、織姫の体がぴくりと動いて、頭の上でくすぐったそうな吐息が聞こえた。

 と、その時―――



 ピンポーーーン……



 チャイムが鳴った。

 俺も織姫も一瞬で我に返り反射的に離れた。

「ああああ! だだだ誰か来ましたね!」

「おおおおおおおおおおおおう! よし俺が出よう!」

「いえいえ私が!」

 織姫は顔を真っ赤にしたまま立ち上がり、小走りで部屋を飛び出した。

 ヤバかった……つい理性より男の本能が勝ってしまうところだった。織姫には世話になってるが、超えちゃならない一線てのはあるだろう。アイツの優しさに甘えてつい一線を越えるところだった。

「しっかりしろ、俺……取り返しがつかないことになるぞ」

 俺は自分に言い聞かせ、ぶんぶん頭を振ってパンパンと両頬を叩いた。

「先生! 大変です! 銀河先生から荷物が届きました!」

 織姫が慌ただしく戻ってきて、俺の前に座って荷物を床の上に置いた。

「な、なんだと!?」

 素っ頓狂な声が漏れた。

 差出人を確認すると、確かに銀河大空だった。

 あの野郎、そうだ、全部あの野郎のせいじゃねーか!

 俺は発狂しながら乱暴に箱を開封した。千切れた紙が部屋を舞ったが、そんなこと気にしてる場合ではない。


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