13
「アンジェラハートって前に行った店だろ? なんでまた行くんだよ」
「睦月京介の新作ですよ」
「こないだ出たばっかじゃなかったか?」
「あれは夏コーデです。今度は真夏の神秘コーデ、です!」
「な、何が違うんだよ……」
なんて会話をしながら俺達はまたショッピングモールに向かっていた。
夕方、辺り一帯を高校生と若いカップルが占拠している。そんな中にオッサンとむちむち女の組み合わせ、違和感どころの話じゃない。
「あ。先生、見てください。あれ月影さんじゃないですか?」
織姫が立ち止まり、指を差す。
見ると、確かにそこに月影がいた。若者向けの雑貨屋の前に貼られたポスターををどこか冷たい眼差しでじっと見つめている。
一体なにを見てるんだ?
と目を凝らしてみると、そのポスターに映っている人物が睦月京介だと気付いた。
「やっぱりファンなんでしょうか?」
「にしちゃあ目つきがちょっと怖くないか……」
「でも月影さんがオーディション受けようと思ったのって、きっと何かよほどの理由があるからだと思うんです。睦月京介のファン、というのが一番納得いく理由なんですが」
「まあ、そうだけどよ。けどアイツ普段から何考えてんのかよくわかんねえしなあ」
思い出したけどアイツ、俺らを脅したんだったよな。そんなクソみたいな度胸はあるクセに流行りの服の一着買うのにあんだけ躊躇うってどういうことだよ。本当、なんで、ローカルアイドルなんかになろうと思ったんだ?
「まあ、若い女はみんなイケメンが好きなんだろうけど」
「そ、そうでもないですよ? いくらカッコよくても中身が伴ってなければ、やっぱり嫌ですし」
と織姫はほんのり頬を赤らめもじもじする。
まさかコイツも睦月京介のファンなのか? まあそりゃあアレだけの美貌の持ち主だし、憧れるのもわからんでもないが。なんとなく面白くない、と思うのは俺も実はイケメンに嫉妬してるからなんだろうか。嫌だ、そんな自分は嫌すぎる。
なんて考えていると、月影の後ろに黒いベンツが止まり、どっかで見たような男が出てきた。サングラスを掛けているが、足は長いわ肌は白いわ鼻筋は通っているわ、横顔は完璧すぎる程美しいわ……イケメンと言う言葉を具現化させたらああなるんじゃないかと思うくらいだ。
っつか、アイツどっかで見たような?
考えていると、男は突然月影の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「先生、大変です月影さんが!」
「イケメンだからって許されると思うなよ!」
なんか無意識に俺は叫んでいた。
月影は目を丸くして驚いている。そりゃそうだ、あんなイケメンに声を掛けられることなんて、人生で一度歩かないかだろうしな。
月影はぶんぶん腕を振り回して抵抗するが、男はそれを許さず強引に車に連れ込もうとする。イケメンだからって何しても許されると思ってんのか。
面倒くさかったが、放っておいても面倒なことになるだろう。俺は舌打ちし、月影を助けるために走り出した。
「おいこら、何やってんだよお前!」
俺は男に怒鳴りつけ、その腕を掴んでやった。
遅れて織姫も追いつき、背後から月影の体を両手で抱きしめ力づくで引き剥がした。
「貴方は、凜子の知り合いですか?」
「知り合いも何も俺は凜子の担任―――って、凜子?」
凜子、って。難破男が何でアイツの名前なんか知ってんだ。
もしかして知り合いなのか?
「……失礼しました。私は月影凜太郎、芸名を睦月京介と申します」
男はゆっくりと、サングラスを外した。
俺の眼の前に、思わず目を瞑りたくなるほど眩しいイケメンが現れた。
睦月京介なんて興味はなかったが、ポスターの中で微笑む姿は確かに美しいと呼ぶにふさわしいだろう。そして生で見たソイツの顔は、眩しかった。いや眩し過ぎた。世の中にこんなイケメンが存在したのか。この美しさ、国外追放級じゃねえのか。
なんかもう後光が差してるような気さえする。
思わず片手を目の上に持ってきて、イケメン後光を遮って目を細めた。
「イ、イケメン!」
俺は思わずさけんだ。
なんか主人公を称賛するためだけに配置された名もなきモブの気持ちが辛い程よくわかった。「イケメン! 眩しい! 素敵! 磁器のように白い肌! 白魚のような白い肌! スっと鼻筋の通った形のいい鼻! 長いまつ毛! 切れ長の目! さらっさらの髪! イケメン! 天使! いいや、彼をどう形容することもできない! 彼はアフロディーテかヴィーナスか!」……なんか眩しいオーラに飲み込まれた俺は頭の中で目の前の男を称賛していた。
簡単に言えば、目の前の男は美男子というわけだ。
「いつも妹がお世話になっています」
「お、おう! って、妹!?」
俺は混乱したまま素っ頓狂な声を上げた。後ろで織姫も「えええええ!」と間抜けな声を上げている。
聞き間違いか?
聞き間違いとしか思えないのだが。
「あ? なんか今、芋がどうとか聞こえた気がするんだが」
「妹、です」
冷静に訂正されてしまった。しかも結構ハッキリと、ゆっくりと。