12
幸い発作は朝の一回だけですんだ。
無事に放課後まで発作を起こさずに済んだ俺は胸を撫で下ろしつつ手早く帰り支度をしていた。そんな俺のところへ、帰り支度を終えた織姫が迎えに来た。
「えへへ。一緒に帰りましょう、先生?」
「お前な、裏門で待っとけって言っただろ」
「私は気にしませんよ? あ、私と一緒はやっぱり恥ずかしいでしょうか」
織姫はちょっとしょんぼりした顔で俯く。
いや、そういうことじゃねえよ。お前には見えないのか、この職員室中の男共の視線が。今にも俺を刺殺さんとばかりに鋭くなった男達の目が。それだけじゃない、廊下側の窓の向こうからは男子生徒の嫉妬と殺意に満ちた目が俺に突き刺さってくる。
コレで同居してるってばれたら俺はもう、生きてはいられなくなるだろう。
「す、すいません。じゃあ一人で帰ります」
「い、いや別に俺は構わないんだけどよ。その、な?」
「あ。大丈夫ですよ? 発作が起きたら、ちゃんと、キスしてあげますから」
うふふ、と恥ずかしそうに耳元で囁く織姫。
不覚にも少しドキっとした。こんなむっちむちの体がズイと俺に迫り、耳元で嬉しそうにそんなことを囁くのだ。男として反応しないのは少々問題があるだろう。が、なんか悔しいのでそんな動揺を悟られたくはない。
「す、好きにしろ! 俺は先に帰るっ」
恥ずかしさのあまり俺は慌てて織姫に背を向け歩き出す。
「あ、待ってください!」
織姫は慌てて俺の隣に追いつき、嬉しそうににこにこしながら歩く。
前々から思っていたが、この女、なんでこんな嬉しそうなんだ?
それとも誰にでもこんななのか?
「な、なあ」
「はい?」
「いや。お前、俺といると妙に嬉しそうだよな?」
と自分で聞いておきながら、その質問の恥ずかしさに気付き、俺の顔面は火を噴きそうなほど熱くなる。
「い、いや! なんでもない、そういうことじゃねえよ!」
「う、嬉しいといいますか。えっと……」
織姫は頬を真っ赤にし、困ったように口元に手を当てて首を傾げる。
「昔から、こうですよ?」
えへへ、と、織姫は笑う。
誤魔化すような笑いではない、純粋に嬉しそうな笑顔だ。
月影と言い織姫と言い、女という生き物はよくわからないな。