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シンニフォン  作者: 印朱 凜
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野武士部隊

第二章 野武士部隊


     1


 昨日は自分でも信じられないほど色々な事件が、たて続けに起こり本当に疲れ果ててしまった。朝まで泥のように眠った僕は、見慣れない部屋で目覚めた時、少し狼狽したが、すぐさま冷静さを取り戻した。

 そしてクリアーになった脳で思考を始めた時、はっきりと自覚した。

 ―僕はすべてを思い出したとー

 記憶喪失から回復した僕は、すこぶる調子がいい。何だか力がみなぎっている感じだ。ベッドから飛び起きて着替えた後、唯一の持ち物とも言える赤いコンタクトケースと拳銃の弾倉をポケットに押し込んで階下に駆け下りていった。

 ・・・どうしたことだろう、様子が変だ。

 リビングにも他の部屋からも全く人の気配がしない。

「ユンソン!」

 大声を出してみたが全く反応がない。あちこちのドアが開けっ放しにされ、服などの大小の持ち物が散乱している。

「何かあったのか・・・」

 いやな予感が脳裏に走ったが、状況を把握するため建物の外に飛び出した。

 走っていくと、誰かが畜舎や牧場の柵を開け放ち、馬や羊を大勢外に逃がしている。

「ミナ!」

 僕が叫ぶと彼女は振り返った。

「トモロー! いつまで寝ているの! 早くここから逃げるのよ!」

 なぜか冷静な彼女がとても慌てている。一体どうしたんだろう。

「ミナ、他の人は? 家族はどうしたんだ?」

「今は説明している暇がないの! これを返すよ」

 ミナは僕から取り上げた拳銃を渡してくれた。

 9㎜拳銃に持っていた弾倉を叩き込んでいると、ミナは走ってスーパーモタードと称するバイクに跨って叫んだ。

「家族は先に行っている。もうすぐここに野武士達がやってくるよ! 早く乗って!」

「野武士ぃ?」

 僕が訊き返すと、ミナは怒ったような口調で叫んだ。

「食い詰めた災害派遣軍の離脱兵のことよ! ・・・軍人なのにやりたい放題の厄介な連中だわ」

「ディザスター後のどさくさで故国にも帰らず、野盗にまで落ちぶれた奴らか・・・」

「知っているの? 最初あんたは奴らの仲間かと思った」

 どこからか重い物体が飛んでくる風切り音がしてきた。

「ミナ、聞いてくれ! 僕は思い出したんだ。記憶が元に・・・」

 その時、地響きを伴う凄まじい爆発音がして、爆風が僕らを襲った。

 住居の窓ガラスが全て割れ、庭に巨大なクレーターができあがった。

「くそ、迫撃砲まで持っているのか」

 ミナはバイクの下敷きになり、もがいている。

「砂が目に入ったわ」

 鼓膜が破れんばかりの爆音のため耳鳴りがして、お互い何を言っても聞こえない。

「もう一発くるぞ! 早く逃げよう!」

 今度は住居の一部に命中した。破片が空中に舞い上がる。

「こうやって住民を外に追い出してから財産を根こそぎ奪っていくのよ」

 羊たちが群れを成して逃げ惑う中、軍馬に乗った兵士達がアサルトライフルを威嚇射撃しながらテリトリー内に侵入してくる。デザート仕様の迷彩服にヘルメット姿の者もいれば、上半身裸でバンダナだけの者も混じっている。

 さらに騎馬兵の後に続き、もうもうと砂煙をあげながら装甲車や軍用トラックが数台、轟音を上げながら突入してきた。この手の武装勢力におなじみのRPGロケットランチャーを多数装備しているので重武装だ。よく見ると、民間から奪ってきたバイクやRV車などもサンドイエローに艶消し塗装されて部隊に混じっている。

 野武士達のリーダーと思しき男はM1117装甲車の砲塔のハッチから威風堂々と身を乗り出し、周囲を警戒している。傷だらけのヘルメットに砂塵よけのゴーグルとマスクを被り、顔を隠しているので余計に不気味だ。しかもポンチョの下は鍛えられた筋肉質の素肌に直接ボディアーマーを着ている。

「圧倒的な戦力差だな・・・バイクで逃げても撃たれそうだし、家の中に隠れてもすぐに見付かってしまいそうだ」

「何、落ち着き払っているのよ! 殺されるかもしれないのよ!」

 ミナが震えながら涙目になっている。

 ガレージに隠れはしたが、下手に反撃すれば、あっと言う間に制圧されるだろう。

「さて、どうしたものか。上手くやり過ごせると一番いいのだが・・・」

 馬の蹄の音が近付いてくる。


「ここにいたぞ!」

 ターバンにゴーグル、砂漠迷彩服の男は馬の手綱を引き、ミナに右手のブルパップ式のライフルを向けてきた。

「やめろ!」

 僕はとっさに9㎜拳銃を構え、馬の後ろ足に弾丸を叩き込んだ。

 とたんに馬は悲鳴を上げながら仰け反り、乗っていた兵士を振り落とした。

「ごめんよ・・・」

 暴れる馬の手綱を掴んで確認すると兵士は気絶していた。

 その兵士から武器と服を奪うと急いでガレージに隠れているミナに着させた。

「もの凄く汗臭い服だわ・・・」

「そんなこと気にしている場合か!

 この馬で逃げてユンソン達と合流するんだ。君なら大丈夫」

「あんたはどうするのよ?」

 ミナが服を着ながら不安げに訊いてきた。

「心配してくれて、ありがとう。

 僕は最強のコンタクト・ドライバーなんだ。つまり無敵だ・・・」

「コンタクト・ドライバー・・・?」

 ミナは初めて聞く言葉に少し戸惑いの表情を浮かべた。

「僕は記憶を全て取り戻したんだ。

 任せておけよ。絶対に君達を助けてみせるから!」

 そう言って跪き、ミナを担ぐようにして馬の背に乗せた。

「ユンソン達によろしく・・・」

 ミナと馬の尻を叩いた後、僕はガレージに戻った。

 彼女は覚悟を決めたのか、もう振り返ることもなく馬を駆けさせた。

 辺りは野武士達の銃声と爆音で戦場のようだ。

 深呼吸して精神を統一した後、僕はポケットから赤いケースを取り出し、中のコンタクトレンズを両眼にはめた。暗い部屋で右の掌を耳に当て、静かに眼を閉じた。

「・・・ジュリア、聞こえているか? こちら〝プラス〟だ。僕の位置は分かっているんだろ」

 とたんに頭蓋の中で女性の声で返事が聞こえてきた。

「こちらマザーグース、心配していたわ。二十一時間ぶりの通信ね。何をしていたの? 戻ったら始末書だけじゃ済まされないぐらいね」

「いいから、近くで待機中の一機をこちらに廻してくれ」

「ちょうど自動空中給油を終えた子がいるわ。一番機〝秋水〟」

「地上目標なのだが、まあいい。交戦許可を求む。ケース3、ドライバー自身の安全の確保だ」

「五秒後にコントロールを渡すわ。状況を知らせてね」

「敵性武装勢力に退路を阻まれた。衛星と成層圏プラットフォームで戦力の分布を確認されたし。安全圏までの離脱を図るため、敵を殲滅する」


     2


 僕はガレージから出て、身を隠しながら注意深く前進した。先ほどミナが乗ってきたバイクは運良く残されている。重い車体を何とか持ち上げて、急いでエンジンをスタートさせた。こんな重量級のバイクを自在に乗りこなしているなんて信じられない。

 ミナが逃げた方向とは逆にバイクを全速力で走らせた。砂塵が舞い、すぐに野武士達に見付かってしまった。

 野武士達はユンソン宅から家財道具を略奪している最中だったが、すぐに数名が中から飛び出してきた。そして軍用馬や機動力のある車両に分乗して追跡してくる。

 逃げ切る自信はあったのだが、あえてバイクのスピードを落とし始めた。攻撃されて転倒でもしたら重傷を負うことになるだろう。住居から充分離れた位置の高台に陣取り、バイクから降りると野武士達が追い着くのを腕組みして待つ。

 やがて、けたたましい音とともに野武士達の車両が突っ込んできた。各々のマフラーからディーゼルエンジンの黒煙をもうもうと吐き出しつつ、僕を遠巻きに包囲する。さらに遅れて到着した騎馬兵達は銃を構えて警戒しながら、さらに包囲網を狭めてくる。

 鋭い目で睨みつける小柄な兵士は、馬の背に装着したホルスターからサブマシンガンを抜き取ると僕の足元めがけて乱射してきた。

 石ころの破片が僕の顔を叩いたが、ひるまず状況を見据えて相手の出方をうかがった。

「ラスカーズ、見ろよ。中々肝の据わった兄ちゃんだぜ」

「いや、ただの怖いもの知らずなのかも知れないぜ」

「アジア系か? 中国から来たのか?」

 いかにもステレオタイプな荒くれ男共が、興味深そうに僕を眺めて挑発してくる。

 ラスカーズと呼ばれる大男を先頭に騎馬兵達は周りをぐるぐる旋回していたが、僕がハンドガンしか持ってないことを確認すると馬の歩みを止めた。

「逃げても無駄だと分かったのか。お前一人なのか? 他の家族はどうした?」

 ラスカーズが大声で問いかけてくる。

 僕は弱い者を集団で襲ってくる野武士達のやり方に我慢できなかった。

「こんな野盗みたいなことをして、お前らそれでも軍人か! 

 ・・・どこから来たのか知らないが、故国に帰れ!」

 腹の底から大声を出すと、野武士達は一瞬ざわめいた。

「質問に答えろ! 自分の立場が分かっているのか?」

 彼らは殺気立ち、馬上で各々の銃を構えてきた。

「答える必要はない!」

 僕が声高らかに宣言するとラスカーズは一瞬、眉間に皺を寄せて歯ぎしりしたが、すぐに冷静になり、ポンチョの下に銃を納めてしまった。

「・・・これだけの人数に囲まれているのに、大した度胸だ」

 ラスカーズは髭面に笑みを浮かべて軍用馬から降りた。

「おい、皆静かにしろ! エンジンも切っていいぞ。

 お前! その拳銃を俺に渡して投降するんだ」

 僕が彼の言葉を聞いた後、あっさりと拳銃を投げ捨てたので野武士達は、これは意外という表情をした。

「そうだ、従えば何も命まで取ろうと思っちゃいねえ・・・」

 彼は注意深く戦利品を拾い上げると調べ始めた。

「SIG・P220なのか? 見たこともない仕様だ?」

  

 その時、後方から轟音がして巨大なM1117装甲車が迫ってきた。

 先ほど偵察していた時に見かけた軍団のボス的な男が、砲塔から頭を出して何か叫んでいる。

「ラスカーズ、何をしているんだ。ボーカイユがやられたぞ!」

「本当か! パーマー少尉!」

 とたんに彼の血相が変わって怒鳴ってきた。

「貴様がやったのか? ボーカイユは俺の一番の戦友だ」

「落馬しただけで、死んではいないはずだ」

 僕がそう言った瞬間、ラスカーズが殴りかかってきた。丸腰の相手には銃を捨てて素手で挑みかかる・・・彼のことが気に入った。

 僕は力任せの攻撃を受け流しつつ、一瞬の内に相手の懐に飛び込み、襟首と袖を掴んで背負い投げを決めると同時に間接技を腕に仕掛けた。

「ちくしょう! 痛ツツ・・・」

 遠巻きにしていた仲間達は、ラスカーズと取っ組み合っている僕を攻めあぐね、歓声を上げる者まで出る始末だ。

「おい、そこの若造! そこまでだ。こっちを見ろ!」

 パーマー少尉と称する軍団のリーダーが突然、装甲車の上から大声を上げた。すると野武士達のざわめきが収まり、周囲は水を打ったように静まり返った。

 装甲車の方に視線をやると、僕は自分の目を疑ってしまった。

 何とミナが野武士達に捕らえられて人質になっている。両手首を後ろ手に縛られ足首も拘束され、しかも可哀想なことに服を脱がされて上下共に下着姿になっていた。車の上面装甲は太陽に焼けて熱いのか、座ったお尻をもぞもぞとさせている。

「ボーカイユの服は返してもらったぜ・・・」

 パーマー少尉が不気味に笑った。

 くそ! やはり、びっこを引いた馬では遠くまで逃げ切れなかったか。それにしても何と下衆な奴らだろう、こんな野獣のような連中の前で半裸の若い女性を晒すとは、まるで腹を空かせた肉食獣の檻の中に生肉を投げ入れるようなものだ。

 僕に隙ができたのを見逃さず、野武士達が集団で襲いかかってきた。

 顔を蹴り上げられ、怯んだ僕はラスカーズの猛烈な反撃に打ちのめされた。それでも何とか防戦していたが、いつしか力尽き、大地に倒れこんでしまった。

「こいつも縛り上げてしまえ!」

 頭上でラスカーズの声がしたようだが、僕は苦痛で息もできないぐらいだった。

 しばらく意識が薄らいでいたが、水を浴びせられた後に無理矢理に立たされ、両腕を頭の後ろに組むように強要された。罵声が飛び交う中、銃を突き付けられて人垣を掻き分けるようにミナの所まで連れて行かされた。

「コンタクトが少しズレちまった」

 僕の間抜けな第一声にミナがあきれて答えた。

「今は私達の命の心配をした方が・・・」

 瞬きを繰り返した後ミナをよく見た。

「随分と涼しそうな格好をしているじゃないか、素敵な白いブラだね」

 彼女は脱ぐと意外にもボディラインに抑揚がありセクシーだった。でも今は絶望の空気の中で表情を歪めている。

「馬鹿! あんたなんかどうなっても知らない!」

 ミナが嘆き悲しんでいると、パーマー少尉が怒鳴ってきた。

「二人共黙れ! お前らは夫婦か? それとも兄妹か?」

 彼女は少尉をきっと睨みつけて素直に返答することはなかった。

「残念ながら、赤の他人だ。昨日出会ったばかりでね」

 僕が鼻血を手の甲で拭きながら答えると、少尉はゴーグルとマスクを外し怪訝そうな顔をした。予想通り、叩き上げの軍人そのものの面構えだ。

「嘘を言っても何の得にもならないぞ」

 周りを取り囲んでいる野武士達は次第に数を増し、僕達に釘付けの様子だった。メンバーの中に女性兵士が一人も存在していないことから、いわゆる女日照りの状態なのだろうか、ミナに対する視線が異様に熱い。

「今度はこちらからの質問だ。少尉さん、一般人を襲って略奪するとは軍人の風上にも置けないな。あなた方はどこの国から派遣されてきたんだ?」

 パーマー少尉は鼻で笑って答えた。

「軍隊というものは組織を維持するために常に補給が必要だ。これは略奪ではない、市民からの徴用だ。過去の戦争の歴史を振り返って見ても、特別に珍しいことではない」

「ぬかせ! やっていることは強盗と同じじゃないか!」

 僕がそう叫んだ瞬間、ラスカーズにM4ライフルの銃床で殴られた。

「今置かれている状況を考えろ。命乞いでもした方がいいんじゃないのか?」

 ミナがついに泣き出してしまった。

「我々を甘く見てもらっては困る。女は戦利品として頂く。私を皮切りに部下達に毎日のように輪姦されて死んでしまった方が楽に感じられるやも知れぬ。男は利用価値がなければ即刻、射撃訓練の的として死んでもらう」

 少尉の言葉に野武士達は嘲笑った。

「うう、父さん・・・」

 俯いたミナがそう呟いた時、ラスカーズは片方の眉を挙げて、思い出したように語り始めた。

「父さん? お前もすぐあの世で会えるかもしれないぜ。死にたくなかったら、俺達に気に入られるように充分サービスするこった!」

「何だと!」

 僕は一瞬、自分の耳を疑った。

「おっと、おっさんは死んだぜ。停止命令を聞かないもんだから、仲間が対物狙撃銃で車ごと狙ったらバラバラに・・・」

 ミナは縛られたまま立ち上がろうともがき、大声で叫んだ。

「そんな! 母さんは! ドンハとヘイスーは!」

「うるせえな! そんな奴ら知るかよ!」

 ミナはその言葉を聴くと力なくうな垂れて、大粒の涙を地面にこぼした。

 僕は腹の底から湧き上がってくるマグマのような怒りをどうすることもできず、体がわなわなと震え、髪が逆立ち、噛み締めた奥歯が砕けるような感覚を得た。

「・・・お前ら、もう許さねえ・・・」

「はあ? てめえ、許さなかったらどうするつもりだ! こいつの鉛の弾と勝負してみっか?」

 ラスカーズが頬にM4ライフルの銃口を突き付けてきた。

「・・・こちらプラス、コントロール良好。目標高度に到達次第、攻撃に移行する・・・」

 僕は片方の耳を掌で覆い、かっと目を見開いた。

「何を一人でぶつぶつ言っているんだ? ついにいかれちまったのか?」

 自分でも信じられないほど意識が集中し、精神の静寂が訪れていた。

「少尉、もう我慢できねえ! この女は連れて行くぜ!」

 ミナを見張っていた二名の兵士は彼女の両脇を抱え、後ろに引きずり始めた。

「いやだ! 放せ!」

 抵抗すればするほど、野武士達は興奮し騒ぎ始めた。

「俺が行くまで絶対に手を出すんじゃないぞ! 命令無視は銃殺刑だ!」

 パーマー少尉は荒くれ兵士共に低い怒鳴り声を上げた。

「ちょっと! トモロー、何とかしてよ! 最低!」

 ミナの悲鳴が背後に響き渡ったが、僕は微動だにしなかった。

 ラスカーズが呆れて言った。

「お前、本当に男の屑だな。彼女が連れてかれるぜ!」

 縛られたままのミナは大勢の野武士達に、まるで胴上げでもされるかのように担ぎ上げられていた。祭り騒ぎは最高潮に達しようとしていたのだ。

「畜生! ・・・父さーん!」

 ミナの悲しい叫びが野武士達の騒ぎに掻き消されようとした時、辺りが急に静かになった。一瞬の内にざわめきが嘘のように静まり返った。

 僕はゆらりと立ち上がった。


     3


 遥か地平線の彼方から、灰色の航空機が恐ろしいほどの爆音を響かせながら超低空飛行で接近してきた。あまりに速すぎて、どんなシルエットかさえ把握しにくい。

 陸軍の地上部隊の兵士は、航空機による空からの攻撃を酷く恐れる。ここにいる野武士達も例に漏れず、超高速で飛来するブーメラン型の機体に皆、顔を青ざめさせて上空から目を離せないでいる。

 その航空機は極低空を遷音速の速度で駆け抜けたためか、機体の後半に白いヴェイパーコーンを時折発生させ、見る者を更に恐怖に陥れた。

「〝秋水〟お前の力を発揮させるチャンスがきたな・・・」

 鼓膜を破らんばかりの轟音を残し、蒼空を目にも留まらぬ速さで横切った〝秋水〟は、90度に近い急角度で上昇に転じ、常識離れした信じ難い機動を見せた。

 もはや略奪どころではなくなった。野武士達はライフルのコッキングレバーを引いて各々乗馬し、臨戦態勢に入った。ミナは縛られたまま、その場に放り出された。

「ミナ、遅くなってすまない」

 僕はラスカーズが油断した隙に、肘で顎を殴りライフルと銃剣を奪い取ったのだ。そしてミナを拘束していたタイラップを全て切り飛ばした後、このパニックに紛れて逃走しようとした。

「待て! この女は俺のモンだ!」

 突然、野武士部隊に似つかわしくないような、ひどく太った小男が血走った目でミナの腕を掴んで引っ張った。

「離せ! 離してよ!」

「逃がすか、半年ぶりの女だ!」

「死ね!」

 ミナの強烈な回し蹴りが、男の顔面にヒットした。その男から軍服を奪い取ると、ミナは改めて僕に訊いてきた。

「あの飛行機は何? 敵、それとも味方? あんた何者なの?」

「言っただろう、僕はコンタクト・ドライバーだ。極簡単に言うと、今両眼にはめているコンタクトレンズを通して、あの電神と呼ばれる無人戦闘機を自由に動かすことができるんだ」

 ミナが僕の両眼を覗き込んだ。

「でも弱点があってコントロールに集中すれば、するほど周りが見えなくなって防御に隙ができる」

「だから、こいつで僕を守ってくれ。初弾は装填したから後はセレクターをセミオートにすれば30発は撃てるはずだ。もしボルトの閉鎖不良を起こしたら、ここのボタンを前に押してくれ」

 M4ライフルをミナに渡すと、乗り捨てられたトラックの陰に隠れた。

「さあ、僕を本気で怒らせたらどうなるか教えてやる!」

 深呼吸し精神を統一させると、遥か上空の〝秋水〟からの情報がコンタクトレンズを通してどんどん脳内にイメージとして溢れ出してきた。僕の視界は今、自由に空を駆け巡る電神〝秋水〟と完全に一体化している。

 ミナはずっと僕の説明に半信半疑だったが、ただならぬ早さで衝動的に動く僕の眼球を見て驚きを隠せない様子だった。

 そして僕は仁王立ちになりコントロールに意識を集中させると〝秋水〟を成層圏近くから急降下させた。

「対空戦闘用意!」

 パーマー少尉が装甲車から無線で騎馬兵や戦闘車両に指揮を下している。だが、この規模の部隊にロクな対空兵装などあるはずもなく、我先に撤退している状況と言った方が正しい。

 白い尾を引きながらジグザグに超機動を見せつける〝秋水〟は、あっと言う間に地上部隊の頭上にまで舞い降りてきた。

 僕の視界の中に野武士部隊の中でも特に図体がでかい、ストライカー装甲車が入ってきた。対地用ドップラーレーダーや大口径の迫撃砲を装備しているタイプで、先刻ミナの家を破壊した奴だ。こいつには散々な目に会わされてきた。

「ようし! ミナ、よく見ておくんだぞ。」

 全速力で逃げ回っているようだが、〝秋水〟の目からは動きが止まっているようにしか見えない。

 ミナの視界から装甲車は遠すぎて砂煙ぐらいしか見えないが、〝秋水〟とシンクロしている僕には獲物が手に取るように分かる。そして〝秋水〟に装備されている20㎜レールガンの照準を標的に合わせたのと同時に四分の一秒ほど連射した。

 プラズマの光を帯びた徹甲弾はストライカー装甲車をピンポイントで貫き、大轟音と共に地面ごと爆破炎上させた。

 無人機だからこそ装備できた電磁砲は、連射速度も弾種の選択も自由自在で、その運動エネルギーは、すさまじいほどの破壊力だ。装甲車の上面装甲など紙に等しい。続けざまに急上昇、降下を繰り返し次の獲物を狙った。

 榴弾に切り替えて、逃げ遅れた数台の市販四駆改造車に襲い掛かった。この付近には隠れる遮蔽物もなく、砲弾を上空から浴びせると、一瞬の内に全ての車両が木っ端微塵に跡形もなく消し飛んだ。

 視界に投影される〝秋水〟発の膨大な情報からピントを外して、眼前のミナに意識を移すと、彼女は小刻みに震えている。無理もない、〝秋水〟の圧倒的な火力と砲弾が飛び交う現実の戦場の迫力に、身動きもできないような状態だ。

「くそ! 叩き落せ!」

 パーマー少尉は装甲車の砲塔に装備されているM2重機関銃を〝秋水〟に向けて撃ちまくっていたが、目標に弾が届くどころか全く追尾できず、弾道は見当違いの方向に流れていってしまっている。当然だ、索敵・追跡レーダーを装備した対空専門のバルカン・ファランクスでさえ超機動を誇る〝秋水〟を撃墜することは困難だと言われている。

 騎馬兵達は気休めに〝秋水〟に向けてライフルを連射しているようだが、全くもって弾の無駄遣いとしか言いようがない。

「おい! こいつを使うんだ!」

 あのラスカーズが高価な携行式スティンガー地対空ミサイルをどこからか引っ張り出してきた。そして肩に担いで上空の〝秋水〟に狙いを定めると、仲間と共に数発発射した。

 白い煙を大量に吐き出しながら、ミサイルは飛行中の〝秋水〟のエンジン付近を追尾して、ぐんぐんと距離を詰めてきたが、あと一歩の所でひらりとかわされた。拳を握り締めて見守っていたラスカーズは舌打ちして失望の声を上げた。もう一発も同様に命中することなく簡単にかわされた。ミサイルを避けるための囮のフレアなど、高機動の〝秋水〟には殆ど必要ない。

「マザーグースよりプラスへ、聞こえている? 偶然だけど〝秋水〟のウエポンベイにクラスター爆弾が一発だけ装備されているわ。条約違反になるけど、どうする?」

「滑走路破壊用か・・・使用許可を求む」

 僕は迷わなかった。ナビゲーターとのコンタクトレンズを通した通信も、傍から見れば天からのテレパシーを受信してブツブツ独り言を言っている奇妙な奴にしか見えないのが滑稽だ。

 サイトを爆弾投下用に切り替えると、視界の中のインジケーターと共に野武士部隊が雲霞の如く眼下に浮かび上がってきた。

「今、自分がいる座標にだけは注意してね」

「了解。勿論分かっているよ」

「・・・トモロー、何をするつもりなの?」

 ミナが恐る恐る訊いてきた。

「もう充分だわ、やめて!」

 彼女の言葉は飛来する〝秋水〟の爆音によって掻き消された。そして燕のような動きを見せた怪鳥は、野武士部隊の頭上で何かを切り離した。その黒い物体は空中で複数に分離した後バラバラになったが無論、粉々に砕け散った訳ではない。中にギッシリ詰まっている小型爆弾を雨霰と地上にばら撒いたのだ。

「地面に伏せろ!」

 次の瞬間、凄まじい閃光と地響きで、しばらく目が開けられなかった。ミナは悲鳴を上げて両耳を押さえている。車両の陰に隠れているとはいえ爆風と、その熱と土砂が容赦なく襲いかかってきた。数トンあるトラックも風に煽られ片方のタイヤが宙に浮いた。

 遠くミナの家の近辺からここまで戦場はクラスター爆弾によって畑のように耕された。舞い上がった爆煙が晴れてきた頃、ミナは目の前に広がる地獄のような光景を目の当たりにした。

 見渡す限り、何一つ動く物は存在しない。あれほどいた野武士達は、逃げる間もなく吹き飛ばされ、あちこちに死体となって転がっていた。装甲のない車両は爆破炎上し、夥しい数の軍馬が肉片となり千切れ飛んでいる状態だった。

 冷静なミナも、それらが焼ける何とも言えない異臭に胸が悪くなり吐き気を催した。

「大丈夫か? ミナ」

「大丈夫な訳ないでしょ! ・・・酷過ぎる・・・幾らなんでも、やり過ぎだわ!」

「どうせやるなら徹底的にしないと反撃される恐れがある。君を助けるためには仕方なかったんだ。それに・・・ユンソン達の仇討ちだ。悔しくないのか?」

 彼女は堪えきれず泣き出してしまった。埃で汚れた顔に涙の筋がくっきり浮かび上がった。

「それに、まだ終わってないぜ・・・」

 いくらクラスター爆弾といえども小型なので広範囲に散らばった部隊を全滅させることはできない。パーマー少尉のM1117装甲車も傷だらけになりはしたが、まだ稼動していた。少尉は砲塔のハッチから双眼鏡で被害状況を確認していた。

「おかしい・・・今日の今日まで、どんなに派手に暴れても政府や軍隊は我々を放置してきた。警告もなくいきなり空軍で本格的に攻撃してきた理由は? ・・・まさか、あの二人なのか?」

 依然黒煙がたちこめていたが、少尉は生き残りを集結させて僕ら二人を捜索し始めたようだ。

「あの若い女と連れの男は、何かしら政府の要人関係者である可能性が高い」

「まだ遠くには行っていないはずだ。もう一度見付け出して人質に捕るのだ!」

 装甲車を先頭に負傷を免れた騎馬兵が、所々すり鉢状に陥没した大地を走り回っている。まだ息のある仲間の救出や手当ては後回しにしているように見えた。

 ・・・何て奴らだ。

 驚いたことにラスカーズは脚を引きずっていたが、しぶとく生き残っていた。

「助けてくれ・・・ラスカーズ。死にそうだ」

 自分の部下なのだろうか、死んだ馬の下敷きになっている若い兵士を必死に助け出そうとしていた。しかし半身近く土に埋まっている上、手負いの男一人の力ではどうすることもできないだろう。

「手足がしびれて感覚がなくなってきやがった。

 ・・・ラスカーズ、前から欲しがっていた俺のとっておきの酒をあんたにくれてやるよ。地下室のロッカーの中に入れてある。触ると爆発するトラップが仕掛けてあるっていうのは・・・ありゃ嘘だ」

「もう喋るな、馬鹿野郎。体力が消耗する」

「衛生兵のコスも死んじまった。ここいらに病院なんてない。死ぬのは意外と怖かぁないが、最後にあんたと話ができてよかったぜ」

「畜生! 俺が何とかしてやる」

 跪いたラスカーズは狂ったようにシャベルを振るい、土砂を掻き分け続けた。


     4

 

 この混乱に乗じて今すぐこの場から離れたい。

「ミナ、いつまでもこのトラックの陰に隠れている訳にはいかない、脱出しよう」

 僕はトラックの運転席に飛び乗るとエンジンをスタートさせた。車内はガラスの破片と砂まみれだったが、どこも問題なく正常に動くようだ。

「さすがに〝秋水〟をコントロールしながらトラックを運転することは無理だ。ミナ、運転したことはあるかい?」

「ライセンスは持ってないけど、少しはできるよ」

「安全な所まで逃げよう。出発だ」

 全速で走り出すと、派手に砂埃を舞い上げてしまいバイク兵に見付かってしまった。バイク後席のターバンを巻いた兵士が我々の姿を確認すると、早速キャビン目がけて銃弾をばら撒いてきた。ミナは本気で命が狙われる恐怖に動揺して叫び声を上げていたが、姿勢を低くしながら運転を続けている。若いが大した根性の持ち主だ。

「仲間を呼び寄せるとまずい・・・」

 僕はM4ライフルのスリングを解き、片方をトラックの窓枠に固定して、もう一方を自分のベルトに巻き付けて命綱とした。振り落とされそうになりながらも窓から身を乗り出し、トラックの天井に這い蹲ると、かなり無理な姿勢でバイク兵に向かって射撃を開始した。当然、舌を噛む様な振動で弾道はブレまくったが、防御力皆無のバイク兵は着弾のショックでバランスを崩し転倒してしまった。

「・・・こちらマザーグース、プラス何をしているの? コントロールが疎かになって墜落の危険性有り!」

「今、非常に忙しくて集中できない。自律飛行へのサポートを願う。上空から〝秋水〟のセンサーにより索敵中。脱出ルートも含めて情報を求む」

 すぐにパーマー少尉の位置が特定された。我々のトラックを装甲車で目下追跡中だ。落ちぶれたとはいえ、流石に軍人だけあって状況判断に長けている。

 その時車輪が大きなギャップを乗り越え、僕はトラックの屋根から転がり落ちてしまった。命綱のスリングによって放り出されはしなかったが、ライフルの重さで上下逆さまに吊り下げられた状態となり、頭部をしこたまドアにぶつけた。

 ちょうどその時、視界に接近中の騎馬兵が入ったので、かまわず逆さのまま射撃した。可哀想だったが、馬は血煙と断末魔の叫びを上げてスローモーションのように兵士ごと地面に転がった。

「トモロー、何をやっているの! どこに向かって逃げたらいいの?」

 ミナが運転しながら叫びに近い声で喚いている。

 少尉は一本しかない脱出ルートに向かって先回りしようとしているらしい。騎馬兵の包囲網が徐々に狭まってきている気がする。僕は体勢を立て直したが、ライフルは先ほどの斉射で弾切れになってしまった。

 M2重機関銃の砲弾がすぐ近くに着弾し始めた。少尉の装甲車が迫ってきているのだ。

「くそ、忙しい!」

 僕はトラックの窓から座席に滑り込むと、自律飛行中である〝秋水〟にリンクしてコントロールに集中開始した。

 偵察高度から一気に降下すると、少尉は装甲車に装備されているスモークディスチャージャーから発煙弾をありったけ発射し、周囲に煙幕を張り身を隠した。同時に砲塔の40㎜グレネードマシンガンを逃げるトラックに向かって連射してきた。

 ミナが悲鳴を上げた。本当に狙ったのだろうか、運転席側の地面でグレネード弾が爆発し、窓ガラスが粉砕した。

「ミナ!」

 爆風で目潰しを食らい状況が分からない。ブレーキを踏み込んだのだろうか、僕は慣性でダッシュボードに強く打ち付けられた。トラックは一瞬バランスを失いかけたが、路傍の廃墟に衝突して何とか停止することができた。

「大丈夫なのか」

 幸いコンタクトを落とすことはなかったが、窮地に陥ってしまった。異物が両眼に入り、痛くて開けていられない。目をつぶっていても〝秋水〟の操縦は可能だが、代わりに他のことができなくなる。コンタクトを外して洗眼したい所だが、オンライン中は膨大な量の情報を脳とコンタクトレンズ間でやり取りしているので迂闊に外せない。

「おい、ミナ・・・返事をしてくれ」

 彼女はハンドルに突っ伏したまま動かない。急停止のショックで頭部を強打したのかもしれない。見ると左腕付近から大量に出血している。グレネードの破片を浴びたのか・・・

 何と言うことだろう! ハンドルを握っていた細い左手の薬指がもげていた。トラックの荷台の装備から探してきた清潔な布で縛り、圧迫止血を施したが、真っ赤に血が滲んでくる。指は皮一枚で繋がっていたが、切断面が損壊していたのでオペで繋げることは困難と思われた。

「マザーグースよりプラスへ。何があったの? 再びコントロールが乱れて墜落寸前よ。状況を報告されたし・・・」

 ナビゲーターが神経を逆撫でするような言葉を頭の中で繰り返し響かせる。

 己の感情の昂りか、はたまた目の激痛からか、僕の充血した両眼からは止めどなく涙が溢れ出し、もはやどうすることもできなかった。

 眉間に皺を寄せ、慟哭とも雄叫びともつかない声を上げると、自分でも信じられない位の集中力が発揮され、糸の切れた凧のようだった〝秋水〟に再び命が吹き込まれた。

「一気に片を付けてやる!」

 地表ギリギリまで〝秋水〟を降下させると、風の影響でやや薄くなった煙幕内にいるパーマー少尉を探った。果たして挑発に乗ってくるか。もはや大口径砲を持っている車両は少ないはずだ。赤外線センサーに浮かび上がった装甲車は・・・

 煙幕の切れ目から12.7㎜機関砲弾が突如、火の玉となり〝秋水〟に向かって襲い掛かってきた。パーマー少尉のM1117装甲車だ。正面から撃ち合うことになるが、並の相対速度ではないので一瞬でも判断の迷いは禁物だ。

 おそらく、ほんの数秒しか経過していないと思われるが、僕には時間の流れが妙にゆっくりと感じられた。

 数珠のように連なってくる敵砲弾を掻い潜り、渾身のレールガンの一撃を喰らわせると、20㎜徹甲弾は標的の装甲車の砲塔を掠めたが、その衝撃だけで装甲は砕け散り、跡形もなく吹っ飛ばされた。急上昇し戦果確認のため視点カメラを後ろに旋回すると、地上で派手な誘爆を引き起こしていた。

「やった、指揮官を倒したぞ・・・」

 横になっているミナの方に顔を向けると、まだ意識は混濁しているが、何とか返事はできるようだ。だが応急処置しかしておらず感染症も心配なので、一刻も早く医療設備の整った所に連れて行きたい。

 さすがに騎馬兵を始めとする野武士部隊も〝秋水〟の圧倒的で化け物じみた力に恐れをなし、ボスを一瞬で失った混乱の中、命からがら逃げ出し始めた。戦意を完全に喪失した連中をこれ以上深追いすることもなかろう。

「こちらプラス、敵戦力をほぼ壊滅させた。これより帰投させる。医療班を含めた早急な救出を要請する」

「マザーグースより・・・了解。負傷の状況は?」

「いや、僕じゃない。民間人で指を切断する負傷者が出た」

「・・・隠密行動中だということを理解しているの?」

「ずいぶんと報告が遅れてしまったが、しばらく記憶喪失を起こして行動不能だったんだ。作戦中にこんな事態は初めてだ。あんたには、これがどれほど危険な兆候か分かるだろ」

「・・・医療班は派遣するけど、民間人の救助は後回しになるわ」

「それでいい。プロ失格とでも言いたいのだろう?」

 僕がうんざりとした口調でナビゲーターのジュリアに嫌味を言うと、急に頭の中で警告音が響き渡った。

「安心するのは、まだ早いわ。在豪アメリカ空軍基地からスクランブルで二機がそっちに急行中。F‐22と思われる機影で、およそ数十分で接触する予定」

「何! 流石、優秀なステルス機だな。今の今まで早期警戒レーダーに引っ掛からなかったのか。・・・もう燃料が残り少ない。逃げ切れるのか?」

「派手にドンパチした報いね。そいつらを追っ払わなきゃ、救出は困難と思われます」

「F‐22相手にサイドワインダーしか持ってないよ。レールガンの残弾も20%」

「誘導弾よりむしろ、有視界戦闘でレールガンの速射が効果的よ」

「そうだ、こちらもステルス能力においては全く劣っていない。相手より先に発見し先制すれば航空支配戦闘機といえども恐れるに足らずだ」

 ミナが何も言わずに僕の手を握ってきた。怪我をして不安になってきたのかもしれない。だが今の僕にできることは、これから起こる戦いに全力集中することだけだ。


     5 

 

 スーパークルーズをかけたF‐22、通称ラプターは味方のレーダー索敵空域に侵入してきたが、殆ど鳥ぐらいの大きさにしか認識できない。だが、それは相手にとっても同じ条件のはずだ。しかも〝秋水〟の方が機体のサイズが小さく設計年代が新しい分、よりステルス性に磨きが掛かっている。こちらは液体窒素を用いた機体の冷却により、赤外線ステルス化まで配慮されているのだ。

 こうなると空戦も第二次世界大戦より前の時代に逆戻りとなる。つまりレーダーがあまり当てにならないため、四方八方を目視で警戒しながら、先に敵の姿を発見し、先に攻撃を仕掛けた方が絶対的に有利となる。

 索敵用成層圏プラットフォームからの赤外線エミッション情報によりラプターの飛行コースは大体予測できた。〝秋水〟を高高度まで上昇させ、自慢の光学センサーをフル稼働させると、僅かだが雲の切れ目から灰色の機体が旋回しているのが見えた。古のエースと呼ばれるパイロットは非常に視力が優れていたらしい。〝秋水〟の〝鵜の眼・鷹の眼〟と呼ばれる高性能ボール型カメラは、どんなエースよりもいち早く敵の機影を発見することができるのだ。

「こちらプラス、敵と思われる機影を確認した。これより攻撃に移る」

「マザーグースよりプラスへ。旧くなっているとはいえ、ラプターの空戦能力はまだまだ侮れないわ。すでに対ステルス・レーダーに捕捉されている可能性もあり」

「了解・・・」

「奴らに付け入る隙があるとしたら、優秀なパイロットほど空戦では有人戦闘機が圧倒的に有利と思い込んでいる点よ。旧世代の石頭に冷や水を浴びせてきなさい」

 僕は無人戦闘機〝秋水〟と一体化し、高空から緩いダイブを掛けながらラプターの後ろ上方の死角に超高速で襲い掛かった。

 どんどん速度を上げて距離を詰めていくと、二機のラプターがペアで平行に飛行しているのがはっきりと確認できた。幸い〝秋水〟の接近にはまだ気付かれていない。迷わず後方の機体に狙いを定めた。

 僕はラプターとの初めての空戦に胸の鼓動の高まりを抑え切れなかった。実戦を積み重ねてきたが、おそらく今までの敵の中では最強の機体だ。〝秋水〟から脳に伝わり認識される感覚は遠隔操作とはいえ限りなく現実に近く、緊張で武者震いするほどだ。

 照準をラプターのエンジン部分に合わせ、レールガンの砲弾をこれでもかと撃ち込むと、その瞬間、敵の機体後方から金属の光沢を帯びた破片がパッと空に舞い散るのが見えた。そして、そのまま交差するように下降し〝秋水〟をさらに加速させた。いわゆる、空戦の定石である一撃離脱戦法だが、撃墜のスコアを増やすのにこれに勝るものはない。

 空の通り魔に驚いたラプターは隊列を乱し、一機が黒い尾を引きながらゆっくり下降していくのが見えた。致命傷は与えたが、あの分だとパイロットは脱出できるだろう。

エコー1撃墜確実。E2の情報を求む・・・」

 うまく引き離して撒いたのか、もう一機のラプターは追って来ない。一旦雲の中に逃げ込み体勢を立て直した。上昇して雲の塊から飛び出すと、機体を捻って敵影を探したが〝秋水〟の光学カメラ及びコンフォーマル・レーダー共、それらしき物は映らない。

「驚いて逃げ出したか・・・その考えは甘すぎるか」

「こちらマザーグース、現在全方位で索敵中。警戒を怠らないでね」

「完全にロストしたな」

 僕は急にミナのことが心配になり様子を窺うと、まるで眠っているかのように静かだった。

 怪我による出血はもう止まったようだが、ショック症状が心配だ。

 二人がいるトラックの周りは、もう誰もいない。あれほど凄まじかった戦場が墓場のように静まり返っていた。その時、遥か遠方・地平線近くの山影から黒煙と共に爆発の火柱が揚がるのが見えた。先ほどの手負いのラプターがついに力尽き、墜落したのだろう。

 僕はトラックの運転席から外に身を乗り出し、自分の目と耳を研ぎ澄まして、もう一機のラプターを探った。

「ひょっとすると、すぐ近くにまで来ているのかも知れない。ミナ、もう少し辛抱してくれ」

 しばらくすると微かに独特の飛行音が上空にこだましているのが聞こえ、雲の間から水蒸気の筋のような物も見えた。急いで〝秋水〟をその空域まで向かわせると確かにレーダーに反応があった。幾らステルス機でも、近距離ならそれなりの反応を示す。

 もう燃料が残り少ない。加速して敵機が目視できる距離に忍び寄ると、ウエポンベイを開き一か八かサイドワインダーを放った。

 ラプターは元々赤外線追尾型ミサイルに強い。敵は花火のようなフレアを空中に放出すると、ベクタード・スラストを最大限に活用した。空中でドリフトしながら、超機動で軽々とサイドワインダーをかわしてしまったのだ。

 敵パイロットは優秀な手腕を発揮して、果敢に〝秋水〟に勝負を挑んでくる。仲間がやられたのだから無理もない、だがこちらもミナを助けるため、攻撃の手を弛める訳にはいかないのだ。

 ベクタード・ノズルを駆使して推力偏向機動する能力は〝秋水〟にも備わっている。しかも、こちらは無人戦闘機故にパイロットの限界を無視して機動できる。つまり通常、パイロットが耐えられず失神・死亡してしまうような高Gを掛けて連続飛行しても、機体の強度範囲内ならば全く問題なしということだ。

 空中に不規則な孤を描いて二機の戦闘機が機体を捻り、激しいドッグファイトを繰り広げている。

「ラプターのパイロットは凄い奴だ。こちらが最新鋭無人戦闘機ということを分かった上で戦っている」

「プラス! プラス! 燃料がもう限界。今すぐ撤退して」

 今までに有人機と無人機―UAV(Unmanned Aerial Vehicle ※ドローンとも呼ばれる)が戦えば、大抵有人機の方が勝利したそうだ。ただし、それは旧世代機までのデータである。現代の空戦において、最新鋭の無人機である電神〝秋水〟に対して旧来の有人機はもはや、全く歯が立たないと断言していい。

 〝秋水〟は90度以上の鋭角に近い角度で旋回すると、難なくラプターの後ろを取った。それとほぼ同時に最後のサイドワインダーを相手目がけて放った。凄まじいGに苦しむパイロットがコクピット越しに確認できるぐらいの距離だ。あまりに近過ぎてミサイルの安全装置が働き、命中しても爆発しない。それでもサイドワインダーは高速の槍となって一直線にラプターのエンジン部分を貫いた。

 パッと閃光が走り、破片が周囲に飛び散った。〝秋水〟は直角状に急上昇し、ラプターの最後を確認した。何とかバランスを保っているようだが、煙を曳きながら緩く降下していく。ダメージが大きく、とても自軍の基地までは辿り着けないだろう。

「E2撃墜。そちらで確認してくれ」

「トータル4機目の撃墜おめでとう。もはやエースの仲間入りね」

「空も飛ばず、自らの命の危険を晒すこともないのに・・・エースの称号なんて無意味だ」

「プラス、それでも立派な結果だと言えるわ」

 ナビゲーターの称賛も、僕の心には響いてこなかった。むしろ敵パイロットの安否の方が気になる。

「〝秋水〟はオートパイロットで帰航させてくれ。それと我々二名の迅速な救出を求む」

「了解。生還とエースの誕生をお祝いしなきゃね」


     6


 通信を終えると急に疲れが出てきて頭痛が酷くなってきた。僕はコンタクトを外して赤いケースの中にしまった。

 ミナは怪我のためか、少し熱が出ているようだった。僕はトラックの荷台から水の入ったポリタンクを担ぎ出すと、濡れたタオルで彼女を冷やし、水を飲ませた。すると落ち着いたのか両目を静かに閉じた。

 気が付くと救出班を乗せた大型ヘリが轟音を響かせて飛来し、トラックの付近に砂塵を巻き上げながら着陸した。そして数名の完全武装の兵士達と共に、先ほどまで会話していたナビゲーターのジュリアが降りてきた。

「ご無沙汰していたわね。急いで安全地帯まで撤収よ」

 彼女の長いブロンドの髪は風でボサボサとなり、砂漠の細かい砂のせいか涙目になっていた。

「行方不明のあなたを探して、昨夜は一睡も眠れなかったわ」

「すまない。信じられないことに記憶喪失になっていたんだ」

「本当に? 生まれて初めての経験かしら」

「当然だろう。偶然にも現地の民間人に救助されて命拾いした」

「それは幸運に恵まれたわね。

 ところで今回の作戦の概要は覚えているの?」

「それが困ったことに、全くと言っていいほど記憶に残っていない」

「完全にブラックアウトとは・・・コンタクト・ドライブ・システム始まって以来の最大のピンチかも」

 機体の墜落こそ免れたが、ジュリアはシステム開発の中心人物として事態の深刻さに言葉を失った。

「民間人女性の救出も頼む。酷い怪我をしているんだ」

 ミナが担架に乗せられようとしていた時、安全確保のため先に展開していた特殊部隊の兵士達が捕虜になった野武士を連れてきた。両腕を抱えられたその兵士の顔には見覚えがある。憔悴しきってはいるが、ラスカーズと呼ばれていた男だ。

「死んだ仲間を埋葬した場所で茫然自失となっていました。逃げ遅れて置き去りにされてしまったようです」

 隊員がジュリアに報告している間も、ラスカーズは落ち着かない様子で我々の顔を順に見回している。

「あんたら一体何者だ。アジア人か?」

 ヘリの国籍マークは視認性を落としていたが、それを見るなり彼は大声を出した。

「シンニフォン! はるばる北からこんな所までやって来たのか」

「シンニフォン人ということは、かつて世界一の軍事大国アメリカと互角に戦ったという、あの日本人の末裔なのだな・・・何で早く言ってくれなかったんだ」

 日本という国が滅びて久しい。それでも最強の戦闘集団・サムライを生んだ国として、更に近代トップレベルの経済・技術力を誇った国として同国は伝説とも言える存在になっている。つまり世界に散らばる子孫達の活躍も含め、多くの誇張が加わり各地で神話化されているのだ。

 ラスカーズは抵抗するどころか、敵であるはずの我々に頭を下げた。彼のような落ちぶれた軍人の間にも勇猛かつ礼節を備えた理想の戦士としてサムライが認知されている事実は、つくづく凄いことだと思う。もはやサムライ達も日本の国そのものも歴史の彼方に消えた過去の存在であるというのに。

「撤収完了!」

 ヘリは不毛地帯を飛び立ち基地へと向かった。夕刻が迫る中、小さな窓から外部を覗くと、地上では未だ戦闘の傷跡のように所々、狼煙のような黒煙が上空まで伸びていた。

 ユンソンの家族に野武士部隊からの攻撃を逃れ、無事に脱出できた者はいたのだろうか。ミナもそのことが気になっているに違いない。だが隠密で行動している今、捜索する時間的余裕がない。

 僕は赤いコンタクトケースをナビゲーターのジュリアに渡した。

「あなたも医療班に診てもらった方がいいんじゃない?」

「基地に着いてからで充分だよ。どうせこれから、うんざりするほどの検査を受けることになるんだろ?」

 ぶっきらぼうに答えると、彼女は微笑しただけだった。

 薄暗い機内を移動しミナの所へ向かった。気丈な彼女はこの状況においても不安の表情を見せずにしっかりとしていた。

「これからどこに行くの?」

「オーストラリア沿岸にある作戦基地に帰還するはずだ。最終的には・・・シンニフォン本国だろうな。君の本当の生まれ故郷だ。よかったら一緒に行かないか?」

 我々が会話している様子をジュリアは興味深そうに眺めていた。組織内での階級は一応、直接の上官ということになる。

 悲しそうな表情を浮かべながらミナが答えた。

「両親と兄妹の安否が気になるわ。私一人で残る」

 本当に独りぼっちになってしまったのだろうか。

「僕の権限でどこまでできるか分からないが、すぐに捜索隊を派遣してもらおう。本部に戻ったらすぐ上に掛け合ってみるよ」

 夕闇を掻き分けるように飛行するヘリの機内はエンジン音だけが響き渡っていた。

 ミナは負傷した左腕を点滴が繋がった反対側の右手で撫でている。爆発の破片で左手の薬指が痛々しく欠損している。包帯で巻かれた左手を繁々と眺めながら彼女は呟いた。

「薬指が・・・もう指輪できない手になってしまったわ。

 あなた・・・いつか責任取ってもらうわよ」

 僕はこの時、ミナの言葉の真意に気付いていなかった。


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