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シンニフォン  作者: 印朱 凜
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シンニフォン

   4


 中国国家代表団との会食の後、植月社長はシント市のシンニフォン本社に戻ることになっていた。中央市民病院に隔離されていたラスカーズは厳重な警備の隙を突いて、まんまと脱走に成功したが、裏から手引きをした人物は何を隠そう、この僕だ。

 社長は僕が犯人ということを既にキャッチしている。それでも面会を求める僕からの無茶な提案を秘密裏に受諾してくれた。

 本社前の広場に社長専用リムジンが停まっているのを見計らい、僕は静かに近付いて行った。社長はいかにも要人といった出で立ちで両脇のSPと共に車から降り立ち、僕を車内へと導いた。門前では彼の権限で守衛を下げ、ボディチェックも強要しなかったのは、誠にいい度胸である。

 本社に近付くにつれセキュリティが厳しくなり、騒ぎになる恐れがある。広大な敷地の中には、憩いの広場のような場所があり、僕と社長は車から降りて二人きりで歩いて行った。

「本社で社長とお話したのは、数か月前でしたね」

「その通りだ。今回の作戦は本当に御苦労だったね。見事に成功させて生還を果たした」

「成功? 木山准尉の死亡も計画の内に入っていたのですか」

「まあ、落ち着いて座りたまえ」

 僕と社長は、お互いベンチに隣り合って腰掛けた。

「ジュリア・木山・ヴォーリズ准尉はその実、社長の愛人だったそうですね」

「・・・出し抜けに私のプライバシーに関わる質問だね」

「誤魔化さずに教えて下さい。彼女の死は社長の計算の内に入っていたのですか?」

「いや、まさか海賊がここまでやるとは正直、思っていなかった。私が杉本を甘く見ていたことは否めない」

 社長はネクタイを緩めると、堂々とよどみなく答えた。

「ジュリアの死は、想定外だったのですね」

「当然だ。彼女の死は、我が国の電神の開発にブレーキを掛けることになるからね」

 僕はどこからか狙撃班が頭を狙う、くすぐったいような違和感に苛々し始めた。

「もう一つ、社長の陰の目的はラスカーズの能力の検証・・・わざと被曝させるということにあったのでしょう」

「何を言っているのだ!」

「そのために〝淡路〟に魚雷を命中させ、都合よく人体実験を成功させたのですね」

「それは中々面白い推理だが、自分独りで辿り着いたのかね?」

「いえ、とある人物から情報を提供されました」

「・・・・」

 珍しく社長は沈黙した。終始にこやかだった表情は厳しいものになっている。

「社長の愛娘であるサヤカさんの病状は存じ上げておりますし、同情もできます。しかし、ここまで周到に計略をめぐらせなくとも、もっとスマートなやり方があったはずでは?」

「これ程までに・・・スマートな方法もないだろう」

 やがて重い口を開き始めた。

「移民船を魚雷攻撃された事実により、プーケット島の海賊を一掃することへの大義名分ができた。同時に耐放射性遺伝子を持つ人間の実力を評価することも、電神が実戦において有効に働くということも実証できた。これ以上の作戦は存在しないだろう」

「移民船の民間人が何人か犠牲になったのは、どうお考えか。あれほど死ななくても、よかったのではないでしょうか?」

「国際的な世論やシンニフォン国民の感情を奮い立たせるには、リアルな死傷者数が必要だったのだよ。他国で一方的な大量虐殺を行ったという評価を防ぐためにはね」

 僕は奥歯を噛み締めて怒りを抑えた。

「・・・ではシンニフォン人の犠牲者も移民船が破壊されたことも、全てが必要だったと仰るのですね」

「当然だろう! 実際にプーケット島を空爆した君が,人命の尊さをとやかく言える立場にあるのかね?」

「自分を含めた隊員の命が危険に晒されました。任務を遂行するのが軍人の務めですが、事前に何の説明もなく敵の囮となり、甚大な被害を出した結果は腑に落ちません」

「いや、命を投げ打って国に奉仕するのが軍人の本質だろう。・・・私にはこれ以上議論する時間の余裕がない。さあ、ラスカーズはどこにいるのだ、すぐに言いたまえ」

「彼は・・・ラスカーズはサヤカさんと直に会って話し合った末に、お互い納得し合えたら遺伝子治療に協力するそうです」

 僕の言葉に社長は明らかに気分を害し、眉間に皺を寄せた。

「これ以上、路上で機密事項をペラペラと暴露されるのはかなわん。君を逮捕して、然るべき場所でゆっくりと話そうじゃないか。」

 いつの間にか青い制服を着た完全武装の警備隊が何重にも周りを取り囲んでいる。その中でも隊長クラスの太った男が拡声器で呼びかけてきた。

「田中友郎一等空曹だな」

「・・・いかにも。おっと、丸腰の人間に銃を向けるのかい?」

「コンタクトを外して地面に捨てろ! 基地からワンセット持ち出したことは、既に確認済みだ。軍規違反者は反逆罪で投獄もあり得るぞ!」

 僕は溜息を洩らし、眼前の社長に上目づかいで喋った。

「功労者に冷たい仕打ちですね。この前まで英雄扱いだったはず」

「いつの時代でもヒーローは求められているが、君は不適格者だったようだね! 非常に残念だよ、国を挙げて祭り上げる用意をしていたというのに」

「自分はそんなことは望んでいません。社長、亡くなったジュリアにどうか今・・・お悔やみの言葉を願います」

「フッ! 都合よく厄介払いができたというものだ。生まれながらにして強運を引き寄せる・・・私の実力を信じるかね、君!」

「流石、この国のトップまで登り詰めた人物ですね」

 僕の不審な動きに社長は反応した。

「コンタクト・ドライブ・システム専用の妨害電波を発信中だ。電神は使えないぞ」

「そうかな」


 飛行禁止区域のシンニフォン本社にヘリが接近して来る。森岡空曹のUAV〝オニヤンマ〟である。対ECMポッドをスタブ・ウィング下に装備してジャミングを無効化している。機動飛行で急上昇を行いシンニフォン本社ビルの遥か上空を目指した。

「あれは何だ? 誰が操縦しているのだ」

 一同が呆気にとられ、ヘリの行動に注視した。

 その時、ヘリに懸吊されていた電神〝四八式(フォーティーエイト)〟が切り離され、背後に装備されていたパラシュートを開いた。屋上のヘリポートに強制着陸するつもりだ。

 僕は電神の操縦に集中し始めた。新ナビゲーターは優秀なパートナーのミナが務める。

 強襲装備の〝四八式〟は重量級で、屋上の設備を接地のショックで破壊した。それから難なく警備を振り切り、電神用小口径チェーンガンベビー・ブッシュマスターと恐ろしいまでの怪力を奮う。あらゆるドアやセキュリティを難なく破壊して、本社内に突入していった。

 本社ビルのあちこちで爆発が起こっているのが地上から見え、煙が上がり始めた。

 植月社長の携帯端末には、次々と各部署からの警報や悲痛な報告が飛び込み、辺りは騒然となった。

「何をしているんだ、田中空曹! 我がシンニフォン社のビル内に無断で侵入するとは! これは立派なテロ行為だぞ」

 警備隊は一斉に銃を向けて僕の行動を制止しようと躍起になった。

「社長、ラスカーズ軍曹に会わせてあげますよ!」

 すると今しがた大型消防車を奪ってきたラスカーズが、サイレンをけたたましく鳴らしながら突っ込んできた。

 社長の身の安全に不安を抱いたSPと警備隊は、戸惑いつつも消防車に向かって次々と発砲し始めた。

「よせ! よさんか! 今すぐ撃つのを止めろ」

 社長は目の色を変えて怒鳴り散らした。・・・ラスカーズが死亡すると当然、耐放射性遺伝子を失うことになる。

 ラスカーズは運転しながら目深に被った迷彩柄のキャップを取り、大声で笑った。

「やっぱ俺には飲食店の店員は向いてねえな。ド派手な戦場こそ、我が生きる場所!」

 消防車は警備隊の列に突っ込み、電神コントロール中で無防備になった僕を上手く拾い上げてくれた。その時、髪を乱した社長は二人のSPによってリムジンの方に引き摺られつつあった。

「ミナへ、電神のナビは完璧だよ。とても初めてとは思えない」

「当然よ! 私のサポートがなければ、子供のように何もできないじゃない」

「電神もすこぶる調子がいい」

 僕にはコンタクト・ドライブ・システムを通じて社屋内が手に取るように見えている。バリケードを粉砕するが、屋内で連射すると硝煙がこもり火災警報が鳴り響く。バスタブ一杯分程の薬莢を撒き散らしながら、なおも進むと煙で視界が霞んでくる。赤外線映像に切り替え、腰部タンクに詰めた催涙ガスを盛大に放出し追手を阻む。

 チェーンガンは威力がありすぎて、死傷者を出さないように戦うには高度なテクニックがいるじゃないか! 電源コードを腕部から抜き、弾切れのチェーンガンを床に捨てると、予備のショットガンに持ち替えて社長室を目指す。

 しばらくすると本社最上階付近の社長室から大型手榴弾(ポテトスマッシャー)による爆発が起こり、外部に〝四八式〟が飛び出してきた。

 下界で見守る者全てが、驚きの喚声を上げている。

 武器を捨てた〝四八式〟はワイヤーを射出し柱に固定すると、ラペリングの要領で徐々に垂直の壁を伝って降下し始めた。さらに腰に装備された自由遊動式のワイヤーリールを使って、―まるで重力を無視するかの如く―背面回転しながらビル壁をするすると降りてくるのが見える。

 同時に凄まじい量のガラス片が空中に飛び散り、キラキラと光を反射させながら雨霰と降り注いできた。地上にいる者の多くは堪らず屋内に退避するほどだ。強化ガラス窓を破られた各階の勤務者は、今何が起こって・・・更に何者が通過していったのか、さっぱり把握できずにパニック状態に陥っている。

 やがて〝四八式〟はワイヤーに絡まることもなくビル最下層の外壁まで信じられないスピードで舞い降りてきた。

「もうそろそろジャンプしても大丈夫よ」

「了解!」

 側壁を凹むほど蹴り飛ばし、数十メートルの高さから〝四八式〟は上下逆さまにジャンプした。ワイヤーを切り離した次の瞬間、猫科の動物を思わせる美しいフォームで路上に地響きと共に着地した。アスファルトが波打ち、粉々に砕け散る。

 ビルに取り付いている間、発砲できなかった警備隊は、容赦せず化け物めがけて撃ちまくった。しかし素早く移動する電神には殆ど命中せず、逆に社員に当たってしまう始末だ。

 車やトラックの屋根を次々クッションにして〝四八式〟は三段跳びの要領で我々の乗る消防車両まで、目にも止まらぬ早さで移動してきた。

 僕の分身が車体後部に着地した時、大型車両のリアサスペンションが重量を吸収しきれず、深く沈みこんだ。

「電神とやらは本当にすげえぜ! 戦場では絶対に出会いたくねえ相手だな」

 歴戦のラスカーズも思わず舌を巻く能力だ。

 植月社長は命からがら脱出し、何とかリムジンに乗車できたようだ。防弾処理されているので、ひとまずは身の安全が確保されたことになる。

 〝四八式〟は背部ザックから何やらとても大事そうな包みを取り出して頭上に掲げた。

 これには皆、射撃を中断して次に何が起こるか固唾を飲んで見守った。

「植月社長! 約束だった高級ワイン〝シャトー・ラフィット・ロートシルト 2005年〟は確かに受け取りました」

 リムジンの社長と秘書の三瓶は顔を見合わせた。

「ジュリアへの手向けとして遠慮なく頂いて行きます・・・それでは!」

 ラスカーズが運転する深紅の消防車は、僕と電神を乗せたままサイレンを鳴らしながら全速力でその場を離脱する。

 まだ混乱する白亜のシンニフォン本社ビルは、夕焼け色に染まりつつあった。

「くそ、シンニフォン国最高権力者を虚仮にしおって!」

「社長、ラスカーズが奴の手元にある以上、こちらからは強く出られません」

「そんなことは言わずとも分かっておる」

 植月社長は三瓶には目もくれず、頭を抱え掻きむしった。娘の端末画像を握り締めて咽び泣くしかない。

 そこには強権を駆使してシンニフォン国を統括する・・・矜持に満ちた彼の姿はなく、ただただ年老いた父親としての彼がいるだけだった。三瓶はこの様な社長の姿を見るのは初めてだったので、酷く狼狽した。

「社長、今後予定している合衆国の空軍長官との会合は如何いたしましょう?」

「キャンセルしたい所だが明日、無理にでもフライト予定を立ててくれ・・・」

「本社ビルに戻るのはまだ危険と思われます」

「・・・今日は入院している娘の所に」

 植月社長はダメージを受けたシンニフォン国の象徴とも言える建造物を窓越しに眺めた。

「ジュリア・・・愚かな私を許してくれ・・・」


     5

 

 目立つ消防車からミニバンに乗り換えた僕等は、夕焼けのシント市の湾岸沿いを快調に飛ばしていた。

「こちらミナ。最良の逃走ルートを指示します」

「ありがとう、上空のヘリからの情報も役に立っている」

「協力してくれた森岡空曹にも感謝ね」

「あの頑固野郎を口説き落とすとは・・・ミナも隅に置けないな」

「そうでしょ」

「今度は僕が君を口説き落とすよ。一緒になってくれと」

「あら、薬指にエンゲージリングができなくてもいいの?」

 ラスカーズは運転しながら大声で笑った。

「おいおい、いくら何でも今のタイミングはないだろうよ」

「気持ちが昂っている今しかないとも言える」

「奥ゆかしいサムライの伝統なのかい?」

 僕は窓を開けて僅かに潮の香りがする空気を深呼吸した。

「さて、これからどうする?」

 湾岸線を飛ばしながら、ラスカーズは僕に向かって訊いてきた。

「そうだな、皆で一杯やろう、話はそれからだ」

「ははは! 正に最高の酒だな」


 ワインボトルは海の見える風景を美しく写し込み、陽光を反射させた。

 

 (終)









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