紅葉と呉羽
それは紅く、どこまでも紅く山々を染め上げる秋の出来事の話だった。
人口にして300にも満たない渡久地村には昔、二人の姉妹がいた。
姉の名前は紅葉で、妹の名前は呉羽だった。二人の顔つきは瓜二つだったけれど、性格はまるで正反対。
器量がよく、人あたりもよく、周囲にいつも煌々と光を照らす性格の持ち主である紅葉の周囲には常に人が集まっていた。
村内での評判の高い紅葉は誰からも好かれ、慈しみを受け、親から多くの寵愛を受けていた。
一方で、呉羽の性格は紅葉とは真逆で、陰々鬱々とした影のある少女だった。
彼女たちは村で唯一の学校で育ち、常に同じ教室に通っていた。しかし、教室の中で決まって目立つのは紅葉の方であり、呉羽はいつも教室の片隅で人知れず、空気のような存在で漂っていた。
その事件が起きたのは、二人が十五の誕生日を迎えた日であった。
商店街で買い物をしていた二人は誕生日用のケーキを買うと、そのまま家路につくことなく、忽然と姿を消してしまった。
捜索は三日三晩続いた。紅葉の咲く秋の山の中を村人全員で捜索した。やがて捜索の範囲は大きくなり、一斉に山狩りが行われた。
しかし、彼女たちは見つからず、三年の月日が経過した。
かつて村人たちの話題のタネといえばこの二人の双子の行方に関する流言飛語ばかりであったが、1ヶ月、2ヶ月と月日が経過していくうちにやがて村内から双子に関する記憶は消えていき、すっかり噂をする者もいなくなった。
彼女たちの両親は既に村から引越していた。村にいると娘のことを思い出してしまうから。
事件が起きたのは、その矢先だった。
その異変を誰が最初に感じ取ったのだろう。それは月曜日の早朝の出来事だった。
土日になると周囲から隔絶された環境に陥るこの村は、まさに陸の孤島とも呼ぶべき存在だ。
外部から村にわざわざやってくる物好きな人間は存在せず、反対に村にいる人間もすっかり過疎化が進んでいるためか、村の外へと出て行くような若く元気な人間も一人としていなかった。
しかし、いくら陸の孤島といってもそれは週末の土日だけの話。週末が終われば再び平日通り人々の往来が少ないとはいえ、あることにはあるのだから。
だから、やってきた。外部から郵便の配達員が。
プライベートな私信から公共の郵便物まで、配達員は様々なモノを届けに朝早くから村内の唯一の郵便局へやってくる。
それはいつもどおりの朝の光景だった。だが、その日の朝はいつもと違うことが起きた。
郵便局の赤い集配車が山林の中の細い道を走っていると、突然目の前に一人の少女が現れた。
配達員は慌ててブレーキを踏んだ。泥濘んだ道であったせいか、それとも昨夜の霧雨のせいか、赤い車は横滑りをし、そのまま樹木に激突してしまった。
事故を起こした配送車にゆっくりと近寄る少女はどこか儚げで、肌は幽鬼のように青白く、そして唇は誰よりも紅く染め上がっていた。
彼女は運転席側に近寄ると扉を明け、ケガをしたドライバーのシートベルトを外し、肩を貸して車外へと連れ出した。
配達員は樹木に背をもたれさせ、薄れゆく視界の中で確かに見た。彼女が真っ赤に染めあげた鞘と、それにおさまる日本刀を腰に差しているのを。
次に意識を醒ましたのは、事故を起こしてから数時間後のことだった。
少女は既におらず、周囲には物々しい人集りができていた。それは警察と救急隊員の群れで、彼らは忙しくなく動き回っていた。
何かが起きていたのはすぐにわかった。そしてその何かがわかるのにそれほど時間はかからなかった。
人口300にも満たない渡久地村は、その日を境に絶滅してしまったそうだ。
三年前に行方不明になった二人の少女、紅葉と呉羽は現在、全国に指名手配されている。大量殺戮の犯人として。