飛鳥俚の双子(2)
所長はクリアファイルの中から資料を数枚取り出すと、三人に見えるようにそれを広げて見せた。黒の大きなテーブルに均等に広げてられた紙。それらを凝視する彼らを静かに見比べると、小柄で細身な所長はその場を離れてコーヒーを沸かしに行った。珊瑚も恭輝もシュリーも資料から目を離しそうにないので、コーヒーを頼んでも淹れてくれはしないだろうと、思ったからだ。
そしてそれは正しい。
「うーん、えげつねぇなこれ」
茶髪の恭輝は真面目ではないが好奇心は人よりもだいぶ大きい。半分感心したように呟く彼の顔立ちはそれはそれは整ってて、十人女性がいれば十人全員が間違えなく振り返るほどだが、その『趣味』の悪さに彼はこの支部の委員から疎まれている。
「確かに。あたし自分にこんなことできないね」
「ああ……自殺未遂者の心境心理はいつも不可解だぜ!」
「あんたには言われたくないと思うけど」
金の髪に耳に金のピアスと見た目の派手なシュリーこと朱理恵だが、彼女は必ず恭輝とは距離を開けて立つようにしている。今こうして言葉を交わすだけなら平気だが、彼のことは生理的に無理なようで、自ら近づくなんてことはしない。
「あのな、シュリー。オレ自殺なんかしたことねぇぞ」
「何言ってんのよ、あんたいつもいつも…あ、やだちょっとぉ、それ以上近寄らないで」
「おお……ひでぇ……くそ、くそぉぉぉぉおおお!」
「きゃあああ!」
そして珊瑚は一人黙々と資料を読み進めるか、そんな二人のやり取りを静かに見守っている。彼女は年中無口だからだ。
「あ、そうだ。その子たちは別に自殺志願者なんがじゃないと思うよ」
「え?」
思い出したような口振り。恭輝を嫌がり叫ぶシュリーも、まるで変質者のように奇声を放つ恭輝も、静かな珊瑚も所長を見た。彼は今日もコーヒーを飲めることを感謝しながら頬を少しだけ上気させていた。
ただし、感謝する相手は神ではない。彼は決して神に誓わないし決して願うことをしない。
「何それ、どーゆうこと?」
「さあね。僕もまだ詳しい話を聞かされてないんだ。今のはただの勘」
「勘かよ」
「でも僕らの仕事であるには変わりないはずだ」それから小さく息を吐いて、「もうすぐお偉い人が来るだろうから、もう少し待ってて欲しいかな」
珊瑚とシュリーは黙って頷いたが恭輝はあからさまに嫌な顔をした。彼らの言うお偉いさんには彼のとても苦手な方が含まれるからだ。
時計を確認する。あのお偉いさんは時間にうるさい。類と累珂が間に合えばいいのだが。所長は二人に祈ることにした。