失踪の始まり
三日前の朝八時。遅刻寸前の岬 はるかは大急ぎで家を出て、そのまま失踪した。父親は既に他界していたが、母親とその妹の必死の懇願により、警察は二日間の捜索を行った。しかし失踪から丁度三日経とうとしていた朝八時過ぎ、まるで忘れ物を取りに帰ってきたかのようにあまりにも自然に彼女は帰宅した。彼女の服装はいなくなった三日前と同じ格好で、多少埃を被っていただけだった。
しかしいくら事情を聞いても彼女は首を傾げるだけで、しかも自分が失踪していたことになっていたことが信じられない様子だった。そして家を出てから何をしていたのかを答えることができないでいた。「覚えてない」の一点張りだった。
体調も至って普通で、何かがおかしいと警察に外出を禁じられて彼女はとても暇そうで、早く仕事に行きたいとぼやいていた。しかし事態は急変する。
失踪してから六日後、真夜中に彼女は突然呻きだした。喉を掻きむしり、身体中に爪を立てて、ついには心配になって駆け寄った母親の妹を殴り付け、襲いかかった。
母親は泣きながら、悲鳴を上げながら警察に通報。しかし、彼らが駆けつけた時には、はるかは椅子を投げつけて割った窓から外に飛び出してしまっていて、母親の妹は息を引き取っていた。絞殺されていた。
はるかは母親の妹の首を絞めながら、その身体が完全に停止するまで、狂ったようにこう叫んでいた。
会いたい、会いたい。彼に会いたい。会いたい、会いたい。彼に愛されたい。
職場の人間関係をどう調べても彼女には恋人はいないようだったし、思い人もいない。仕事が第一の真面目な女性としか分からなかった。
しかし彼女は豹変した。真面目で心優しかった彼女が数少ない肉親を、殺した。そして出ていった。その『彼』を捜しにでも行ったのだろうか。
狂人のようになってしまった彼女は再び失踪する。そうして二度と生家に戻らなかった。
彼女はこの事件で最初の失踪者となったのだ。