第4話:『氷の処刑人』と呼ばれる王太子殿下が、深夜にこっそり部屋に来たと思ったら、「……頼む、その手で俺を癒やしてくれ(切実)」と泣きつかれました
あの「浴室破壊事件」から数時間後。
壁の修復(魔法で応急処置)を終えた私は、パジャマ姿でハーブティーを飲んでいた。
コンコン。
控えめなノック音。
扉を開けると、そこにはフードを深く被った怪しい男――いや、クラウス殿下が立っていた。
「……夜分にすまない。他言無用で頼む」
さっきの勢いはどこへやら。
部屋に入ってきた殿下は、まるで捨てられた大型犬のように背中を丸めていた。
フードを取ったその顔を見て、私は息を呑んだ。
「ひ、ひどい……!」
「……やはり、そう思うか。さっきの君の肌を見た後だと、余計に自分が惨めに思える」
違う。私が驚いたのは、彼の美醜ではない。
**「過労死寸前の顔」**だったからだ。
肌は砂漠のように乾燥し、目の下には消えないクマ(青グマ)。
何より、首から肩にかけての筋肉が、鉄板のように凝り固まっているのが見て取れる。
自律神経が悲鳴を上げている証拠だ。
「殿下、最後に熟睡されたのはいつですか?」
「……覚えていない。常に魔物の気配を警戒しているし、王宮では政務と派閥争いで気が休まらない。眠っても、すぐに目が覚めてしまうんだ」
クラウス殿下は、重い溜息をついてソファに沈み込んだ。
「君の……その、さっきの魔法(スライム洗浄)。あれを受けた時、一瞬だけだが、頭が軽くなった気がしたんだ。だから、その……」
「私の施術を受けたい、と?」
「……金ならいくらでも払う。頼む」
国のトップクラスの権力者が、頭を下げている。
私はニヤリと笑った。
私の「エステティシャン魂」に火がついたからだ。
「お金なんて結構ですわ。その代わり、私の言うことは絶対ですよ? ……さあ、そこに座って。上着を脱いでください」
「え、脱ぐのか?」
「血流を止めているその堅苦しい軍服が邪魔なんです。シャツのボタンも、上から3つ開けて」
私は殿下の背後に回り、その広い背中に手を当てた。
硬い。岩だ。これでは脳に酸素が行かず、イライラもするだろうし、肌もくすむ。
「いきますよ。――『筋膜リリース(・マジック)』」
指先に微弱な魔力を込めて、凝り固まった筋肉の膜を剥がしていく。
魔法で温めながら、ツボを正確に突く。
「ぐっ……!?」
「痛いですか? でも、我慢してください。ここ、老廃物が高速道路の渋滞みたいに詰まってますよ」
ググッ、と親指で首の付け根(風池のツボ)を押し込む。
現代知識×魔力の手技。
「あ……あぁ……そこ……」
クラウス殿下の口から、情けない声が漏れる。
氷の処刑人の仮面が、ボロボロと崩れ落ちていく。
「脳疲労が深刻ですね。頭皮もガチガチです」
私はそのまま、彼をソファの背もたれに預けさせ、頭皮マッサージ(ヘッドスパ)へと移行した。
魔力を帯びた指が、頭皮を揉みほぐし、引き上げていく。
これは単なるマッサージではない。顔のリフトアップ効果と、強制的な副交感神経への切り替えを行う「魔法施術」だ。
「ふぁ……」
殿下の呼吸が深くなる。
強張っていた表情が緩み、まるで少年のように無防備な寝顔へと変わっていく。
「……すごいな。頭の中の霧が……晴れていくようだ……」
「喋らなくていいですよ。寝てください」
「エリザ……君は……魔法使いというより……」
「魔女、ですか?」
「いや……女神、か……」
その言葉を最後に、殿下の寝息が聞こえ始めた。
規則正しい、深い呼吸。
数年ぶりの「熟睡」に落ちたのだ。
私は、眠る彼の顔を覗き込んだ。
血行が良くなり、頬に赤みが差している。
もともとの顔立ちは国宝級なのだ。ケアさえすれば、輝くような美貌を取り戻すだろう。
(ふふ、いい実験台を手に入れたわ。この人を広告塔にすれば、私の美容メソッドは間違いなくバズる……!)
私は眠る王子にブランケットを掛けながら、次なる野望(商品開発)に思いを馳せるのだった。




