第1話:その婚約破棄、肌に悪いので。
「エリザ・ローズ! 貴様のような醜く、自己管理もできない怠惰な女との婚約は、今ここで破棄する!」
王立学園の卒業パーティー。
煌びやかなシャンデリアの下、第一王子カイルの声が響き渡る。
周囲の令嬢たちが扇子で口元を隠し、ヒソヒソと嘲笑う声が聞こえる。
「見てよ、あのお顔……」「また吹き出物が増えているわ」「ドレスの上に乗ったあのお肉、はしたない……」
私の目の前に突きつけられたのは、現実という名の鏡だった。
今の私は、公爵令嬢にあるまじき姿。
ストレスによる過食で膨れ上がった腹部。荒れ放題で赤みを帯びた肌。ボサボサの髪。
カイル王子の隣には、華奢で可愛らしい男爵令嬢が寄り添っている。
「エリザ、君には失望したよ。見てみろ、このマリアの透き通るような肌を。君には『美』への努力というものが欠けている」
カイルが蔑むような目で私を見下ろした、その瞬間。
――ドクン。
激しい頭痛と共に、脳裏に大量の記憶が流れ込んできた。
(……あ、待って。これ違う)
走馬灯のように蘇る、前世の記憶。
東京の表参道。予約半年待ちのサロン。
ゴッドハンドと呼ばれた私。
「美は内臓から」「肌は内臓の鏡」を合言葉に、数多の女性を救ってきたカリスマエステティシャンとしての人生。
(今の私のこの体……ただ太ってるだけじゃない。これは……)
私は涙を拭うふりをして、自分の顔に手を当てた。
指先から伝わる感触。熱を持った頬。固くなったフェイスライン。そして、下腹部の異様な張り。
(重度の便秘による自家中毒。糖質過多による糖化。ビタミンB群欠乏。そして何より……腸内環境が死滅している!!)
絶望したのは、婚約破棄されたことではない。
プロとして許せないほどの、この**「汚染された肉体」**に対してだ。
「おい、聞いているのかエリザ!」
カイル王子の怒鳴り声。
私はゆっくりと顔を上げた。
以前の私なら、泣いて縋り付いていただろう。
だが、今の私の目には、カイル王子の顔すら「診断対象」として映っていた。
(……王子、あなたも人のことは言えないわよ。目の下のクマは腎機能の低下。その顔色の悪さは肝臓の疲れ。マリアさん? 彼女も今は若いからいいけど、その姿勢の悪さは骨盤の歪みを招いて、将来確実に下半身太りするタイプね)
職業病が爆発し、冷静になってしまった。
この世界には「回復魔法」はあるが、根本的な「体質改善」の概念がないのだ。だから、王族でさえ表面的なケアしかできていない。
「……承知いたしました、カイル殿下」
私は静かに、しかし凛とした声で答えた。
広間にどよめきが走る。いつものヒステリックな私ではないことに、カイル王子が一瞬怯んだ。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。これ以上のストレスは、コルチゾールを分泌させ、私の肌細胞を破壊しますので」
「は、はあ? こる……何だ?」
「それでは、私はこれにて。辺境の別荘にて**『腸活』**に専念させていただきますわ。……ごきげんよう、皆様。次に会う時は、その嘲笑をため息に変えて差し上げます」
私は最上級のカーテシー(お辞儀)を決め、踵を返した。
ドレスの裾を翻し、私は誓う。
(見てらっしゃい。魔法と前世の知識を掛け合わせて、この世界に**『美容革命』**を起こしてやるわ。まずは……このパンパンに張ったお腹のデトックスからよ!)
かつて「汚肌令嬢」と呼ばれた女の、美への執念の戦いが、今始まったのだ。




